『対岸の家事』は決して“ファンタジー”ではない 制作陣が託した“こうあるべき”からの解放

『対岸の家事〜これが、私の生きる道!〜』(TBS系)が6月3日に最終回を迎える。
2人目の子作りに対する思いや、詩穂(多部未華子)とそのパパ友・中谷(ディーン・フジオカ)との「不倫疑惑」から、すれ違ってしまった村上夫妻。しかし、ご近所の大先輩ママ・知美(田中美佐子)の「みんな自分でいっぱいいっぱいだから、人がどんな思いで何をしてるかなんて、その人の立場になってみないとわからないもんね」という言葉や、中谷の「その辛さは互いには分かり合えない。だってお互いに経験してない、知らないんですから。でもお互いを思いやるのが人間であり、夫婦なのではないでしょうか」という助言に、詩穂はハッとする。
詩穂は夫・虎朗(一ノ瀬ワタル)の外で働く姿を、虎朗は詩穂の家での家事と子育ての毎日を知らない。2人は、互いに知らない互いの「昼間の姿」を知る努力をし、対話をしようとする。

本作についての別稿(『対岸の家事』は自己責任論に疑問を投げかける 令和を生きる人に響いてほしい言葉の数々)で筆者は、「他者への不寛容は『知らない』ことから始まる」と書いた。このドラマは絶えず、立場や属性の違う他者を「知ることの大切さ」「対話の大切さ」を描き続けている。
育休開けの「働くママ」・礼子(江口のりこ)と詩穂はマンションの隣人どうしでありながら2年ものあいだ互いに見て見ぬふりをし続けていたが、礼子が2人の子どもの育児と仕事で限界に達していたときに、詩穂に救われた。それ以来、お互いを知ることで打ち解け合い、助け合うようになった。
厚労省に勤めるエリート官僚で、娘の佳恋(五十嵐美桜)の子育てのため現在育休中の中谷は、はじめのうちは専業主婦の詩穂を見下していたが、佳恋が熱を出したときに詩穂の的確なアシストで事なきを得て以来、心を開くようになる。そして今となっては、仲違いをした村上夫妻に助け舟を出すまでになった。

「詩穂の1日を教えてください!」と中谷に志願してきた虎朗に対し、毎日専業主婦(主夫)として家事とワンオペ育児をこなすことがいかに大変か、実践させてわからせるシーンには、テレビの前のママたちも膝を打ったのではなかろうか。
外で働く稼ぎ手としての立場、ワンオペで育児をこなす主夫としての立場、その両方を知る中谷が、詩穂と虎朗に送ったアドバイスはとても実感のこもったものだった。このドラマの登場人物が発する台詞はどれも具体的で、実地に根ざしている。いきなり降って湧いた机上の空論ではなく、その人が経験してきたことを肥やしとして、心の内側から芽生えてくる言葉だ。
詩穂に嫌がらせを続けていたシングルマザー・はるか(織田梨沙)と詩穂の対峙が、第9話で描かれた。礼子と中谷が寸前で阻止していた脅迫状をついに詩穂が目にしてしまったのだ。2人の反対をよそに詩穂は、犯人であるはるかと話をしたいと言い出す。ここにも、「はじめの一歩は他者を知ることから」というメッセージが込められている。
詩穂は、「誰だって穴に落ちそうになることがある」と言う。知美や礼子、中谷という周囲の助けがなければ穴に落ちていたかもしれない。そしてそれは「お互い様」で、彼らも詩穂に助けられてきたのだ。

かくしてはるかの家を訪ねた詩穂と中谷。話を聞いてみればはるかは、父親が一切家事をせず母が独り苦しんだ家庭で育ったトラウマから、結婚をせずに子を産み育てたいと願ったのだという。しかし現実は甘くなかった。たった独りの育児は彼女の精神を崩壊させ、はるかは生後3カ月の我が子をネグレクトしてまう。「いまだに専業主婦がいるから、女に家事を丸投げする人が減らない」と思い込むはるかは、詩穂に八つ当たりすることで精神の均衡を保とうとしていた。
「育児も介護も、主婦がいる前提でいまだに世の中は成り立っている。昼間の街から彼女たちがいなくなったら、その役割を誰が担うと思う? 俺もあんたも、それを考えたことがなかったんだよ」
そう中谷は、はるかに向かって言う。自らの経験を通じて、腹の底から感じて出た言葉だ。
そして詩穂は言う。
「育児がこんなに大変だなんて想像したこともなかった。今までの、生活のための家事から、赤ちゃんかを生かすための、死なせないための家事になる。それを今までたったひとりで。よくここまで頑張りましたよ」
「あなたはお母さんです。昨日までがだめだったら、今日からまたやり直せばいい。そうやって私たちもなんとかここまでやってきました。白山さんの寂しかった日々が、苦しかった日々が、誰かを助ける日がきっと来る。大丈夫です。私たちがいます」
かつて娘の苺がいちばん手のかかるとき、「穴に落ちそうに」なっていた詩穂は、知美からもらった言葉でふっと心が軽くなった。そのとき心に宿った「紫陽花」を、詩穂は礼子に渡した。そして詩穂からもらったアシストを、今度は礼子や中谷が詩穂に返す。こうした「善意の循環」を、このドラマは描いている。






















