映画『先輩はおとこのこ』は記号化されない性を描く デフォルメ作画アニメの到達点

『先輩はおとこのこ』デフォルメ作画の達成

 リアルサウンド映画部の編集スタッフが週替りでお届けする「週末映画館でこれ観よう!」。毎週末にオススメ映画・特集上映をご紹介。今週は、三角関係大好き芸人の徳田が『映画 先輩はおとこのこ あめのち晴れ』をプッシュします。

『映画 先輩はおとこのこ あめのち晴れ』

 『先輩はおとこのこ』、略して『ぱいのこ』。気が抜けてしまうようなタイトルとは裏腹に、極めて慎重に人間関係が描かれた作品だ。

 高校2年生の主人公・花岡まことは「可愛いものが好きな男の子」として描かれ(性的自認はあえて明言されない)、校内では長髪のウィッグを被り、セーラー服を着用している。

 アニメ版第1話では後輩の蒼井咲がまことに告白する。まことの事情を知らない咲は、「彼」に対して「女性として」好意を抱くが、まことは自身が男性であることを明かして咲の告白を断ろうとする。しかし咲はそれでもなお、というよりむしろまことが「男の娘」であることを好意的にとらえて、積極的にアプローチを続けるのだった。

 一方で、まことの幼なじみ・竜二はまことの性別を理解していながらも(同性として)彼に恋をしている。


 本作はこの三者の三角関係を中心に人間関係が展開していく。

 ここまで簡単に要約した通り、3人の関係・属性は複雑である。実際、作中で彼らのことは「同性愛」や「トランスジェンダー」といった言葉では単純に定義されない。人間関係を記号化することが、慎重に避けられている。まことは「男子として生きるのか、女子として生きるのか」といった問いに対して、その「どちらでもない」とし、あくまでも「花岡まこと」という1人の人間として生きることを選ぶのだった。

 このような「あえて選択したあいまいさ」が、本作の慎重さを生んでいるのだろう。


 一方でこの作品は、視覚的には大胆に記号化されている。具体的にはアニメ版においてSDタッチのデフォルメ作画が頻出する。時には登場人物の心情を示すために、?マークや三点リーダー(……)がテキストとして背景に描かれさえする。

 こうした表現は原作漫画の画風を踏襲したものだろう。原作者のぽむは元々イラストレーターだということもあり、純粋な「漫画」というよりは「フキダシ付きのイラスト」に近い形で本作を描いた。それは「LINEマンガ」の縦スクロールに適した作風でもあっただろう。

 このような、奥行きを欠き、止め絵を頻繁に用いたデフォルメ作画はコメディシーンに適している一方、あまりに頻繁に用いるとシリアスなシーンでの説得力を損ないかねない。しかし『ぱいのこ』においては、先述したようなキャラクター同士の関係の複雑さが絶妙なバランスを保ち、それを防いでいると言えるだろう。

 そもそもアニメが「止め絵」だらけでも場持ちするのは、声優の演技のおかげだ。実写ほどには表情や身振りに動きを作りにくい(コストがかかる)アニメにおいては、「声」の表情に実写以上の過剰さが求められる。それゆえにいわゆる「アニメ声」を毛嫌いする層は一定数存在するが、『ぱいのこ』のように止め絵のデフォルメ作画が頻出する作品に出会うと、そのようなアニメ声優の貢献を改めて思い出させてくれる。関根明良演じる蒼井咲がはしゃいでいる場面をワンシーンでも観れば、少なからずそのことを感じられるだろう。

 さらに『ぱいのこ』においては、SDタッチの止め絵と「通常」作画との対比が、演出面において相乗効果をもたらすだろう。上述したような、止め絵に重なる「過剰」に明るい声が、シリアスなシーンでも貫徹されることで視覚的な対比が強調されるのだ。


 具体的には咲の「目元が伏せられるシーン」(詳細は伏せる)で、彼女の声の(明るい)トーンがほぼ変わらないことで、その表情の読めなさが強調されている。「取り繕った明るさ」である印象を、強く受ける。

 このような視覚的な対比は、キャラクターの属性があいまいだからこそより際立っているだろう。脚本上では「男/女」「彼氏/彼女」といった単純な二項対立(記号)に還元されない人間関係を描いているからこそ、視覚的には「デフォルメ作画/通常作画」の対比に目が向いてしまう。

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