『もめんたりー・リリィ』は古くて新しいアニメだ 戦闘美少女とセカイ系の伝統と更新

『もめんたりー・リリィ』と“戦闘美少女”

ファリック・ガールの物語としての『もめリリ』

 さて、以下ではラカン派精神分析の知見を援用して、もう少し抽象化して考えてみたい。

 『もめんたりー・リリィ』も含まれる戦闘美少女ものや「メカと美少女」モティーフが示す生(性)と死の象徴的対比。フランスの精神分析医ジャック・ラカンが創始した精神分析理論には、「現実界・象徴界・想像界」(RSI)という3つの人間の精神的な審級区分を表す用語がある。

 話が煩雑になるので、説明の過程をすっ飛ばし、ここでは結論だけ取り出して言えば、このうち、生/性は想像界、死は現実界の領域に相当している。想像界とは「日常」や「身体」など親密なイメージ(意味)に満たされた世界、現実界とは絶対に経験できないこの社会の彼方にある世界のことをいう。要は想像界は恋愛の世界、現実界は「世界の彼方」の死の世界と近いと考えればいい。ちなみに、象徴界とは、その想像界と現実界をある意味で架橋する言葉や社会生活の領域を意味する。そう、生(性)と死、美少女とメカ、そしてれんげの「食」とゆりの「死」の対が象徴する想像界と現実界とは、セカイ系の構造とも一致する。セカイ系とは、社会=象徴界を欠いた、日常=想像界と非日常=現実界が直結する物語のことだ(実際に、一般的なセカイ系論もそのような解釈を取ってきている)。

 そして、こうした精神分析的な枠組みを、まさにラカン派精神分析を専門とする先ほどの斎藤環は『戦闘美少女の精神分析』で、戦闘美少女の表象分析にも応用した。斎藤は、戦闘美少女を、精神分析用語である「ファリック・マザー」になぞらえて「ファリック・ガール」(ファルスを備えた少女)という造語で定義した。ファルスとはペニスにその象徴をなぞらえられるような、人間の欲望の究極的な対象(シニフィアン)のことである。ただ、このファルスは人間が安定した言語=シニフィアンの論理(象徴界)の領域に参入することと引き換えに失われた原初的な欠如それ自体であり、それによって欲望が生じ、かつだからこそ人間が追い求める永遠に獲得不可能な「純粋な欠如」としてある。そして獲得不可能である点で、ファルスは現実界に属している。

 斎藤はファリック・ガールという概念について、ここでは安易な要約が難しいほど、かなり混み行った考察を行っているのだが、ざっくり言うと、トラウマを抱えた欧米のアマゾネス的な戦う女性=ファリック・マザーとは異なり、トラウマ=戦う理由が欠けており、しかも虚構でありながら性的な魅力も放つ戦闘美少女たちのイメージが、男性オタクたちの「萌え」(セクシュアリティ)の成立に関わっていたのだと主張する。

 ともあれ、戦闘美少女=ファリック・ガールのファルスが、「象徴化されたペニス」であるならば、『もめリリ』でれんげたちが操るアンドヴァリは、まさにファルスそのものである。しかも、面白いのはそのアンドヴァリがギターやヴァイオリンなど、楽器をモティーフにしている点だろう。「楽器instrument」があからさまにペニスを想像させることは言うまでもない。だが、それだけでなく、何よりもそれらが「音」を奏でる器具であることが重要である。「音」は、目に見えなければ触れられもしないものであり、なおかつ仮想化できない徹底して「リアル」な対象である点で現実界を象徴する要素だ(「バーチャルなイメージ」というのは存在するが、「バーチャルな音」というのは絶対に存在しない)。

 その意味でも、『もめリリ』は、ファルスを駆使して躍動する令和の新たな戦闘美少女/ファリック・ガールたちの物語だと言えるだろう。セカイ系的な物語としては、それがポストヒューマン的で、しかも男女の対ではなくシスマンス風の日常系群像劇であるところが目を引くが、これがこのジャンルに新たな可能性を拓いていくのか、後半の展開に注目して行きたい。

注釈
(※)本文の論旨からは外れるので脚註に留めるが、この点はメディア論的な読解からも示唆的である。「メメントからモメントへ」という言葉は、「記憶の保存」を目的にしたアナログ写真から「瞬間の共有」というInstagram/TikTokへ、という写真が体現する機能のメディア的な変遷を表したものだ。それでいうと、『もめんたりー・リリィ』で毎回、やや唐突に挿入されるれんげの調理レシピパートも、アニメのストーリー展開の一部というより、あの箇所だけ、ウェブ動画的――あえて喩えるなら、VTuberによる料理のハウツー動画に見えてくる(筆者は何話かをサブスクでスマホの画面越しに視聴したので、よけいにその印象が強かったのだと思われる)。かつてセルアニメーション時代のテレビアニメは制作作業の省力化を目的に、すでに作ってある過去の場面を保存し、新しいエピソードに使い回すということ(バンクシステム、再編集エピソード)をやっていた。その意味で、『もめんたりー・リリィ』の映像演出にも、日本のテレビアニメ史におけるある種の「メメントからモメントへ」(アナログ的保存からデジタル的同期へ?)という要素が見出せるかもしれない。

■放送情報
『もめんたりー・リリィ』
TOKYO MXほかにて、毎週木曜23:30〜放送
U-NEXT、アニメタイムズにて先行配信
各配信サイトにて順次配信
キャスト:阿部菜摘子(河津ゆり役)、桜木つぐみ(高台寺えりか役)、若山詩音(薄墨ひなげし役)、村上まなつ(霞れんげ役)、久野美咲(吉野さざんか役)、島袋美由利(咲耶あやめ役)
原案:GoHands
原作:GoHands×松竹
総監督・キャラクターデザイン:鈴木信吾
コンセプトデザイナー:岸田隆宏
監督:工藤進、横峯克昌
脚本:八薙玉造
メカデザイン:大久保宏
総作画監督:谷圭司、古田誠
メインアニメーター:内田孝行、大久保宏
音響制作:グロービジョン
音響監督:中島えんじ、村松久進
音楽制作:FABTONE
音楽:Ryosuke Kojima
音楽プロデューサー:寿福知之
オープニングテーマ:花冷え。「おいしいサバイバー」(Sony Music Labels)
エンディングテーマ:miwa「リアル」(Sony Music Labels)
©GoHands/松竹・もめんたりー製作委員会
公式サイト:https://sh-anime.shochiku.co.jp/momentary-lily/
公式X(旧Twitter):@MML_animePR

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