『きみの色』を「3」の物語として読み解く 山田尚子が令和に描く若者の“新しい青春”

『きみの色』を「3」の物語として読み解く

山田尚子作品における、現代青春アニメとの共通項

 山田尚子監督の6年ぶりとなる劇場用長編アニメーション映画『きみの色』は、海に面する長崎の町を舞台に、音楽を通じて出会った3人の少年少女たちがバンドを組むまでを描く青春物語である。映画の予告編でもフィーチャーされるオリジナル楽曲「水金地火木土天アーメン」を彼女たちが演奏するシーンは、本作を印象づける青春アニメの白眉として長く記憶されるに違いない。

 ところで、『きみの色』の題材や物語の大枠は、山田のこれまでの作品や昨今のアニメの話題作の傾向をなぞっている。10代の若者たちがバンドを組むという青春物語は、もちろん初演出作にして出世作となったテレビアニメ『けいおん!』(2009年)以来、山田作品お馴染みのモティーフであり、それは高校吹奏楽を描いた『リズと青い鳥』(2018年)にも共通する要素である。

 また、バンド×青春アニメという題材自体、『夜明け告げるルーのうた』(2017年)、『空の青さを知る人よ』(2019年)、『音楽』(2019年)、『犬王』(2021年)、そして『ぼっち・ざ・ろっく!』(2022年)……などなど、近年の話題作で繰り返し取り上げられてきた。

 聴覚障害者、琵琶法師のヒロインをそれぞれ描いた『映画 聲の形』(2016年)、『平家物語』(2022年)を含め、山田が音楽や(歌を含む)声などの聴覚的要素を、一貫して自作の主要なモティーフとし続けてきたことはこれまでも度々指摘されている。また、そもそも――新海誠の『君の名は。』(2016年)などを画期として――現代アニメ全般にも同じような聴覚的要素が全面化していることも、すでに多くの評論家やライターがその背景や理由を論じてきている(リアルサウンド映画部に寄稿した私のコラムでいえば、例えば『ONE PIECE FILM RED』(2022年)を取り上げた ※1)。

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 『きみの色』にせよ、実際、プロモーション自体もそのラインに沿っているし、レビューも引き続きその種の切り口のものがこれからたくさん書かれていくだろう。もちろん、本作が高校生たちの青春を描いた傑作アニメであることは紛れもない。

 したがって、このコラムでは、少しひねった切り口から本作が山田作品の中で持つ立ち位置について捉え直し、そこから最後に青春アニメとしての本作の持つ意味に迫ってみたい。

「2」の作家が描く「3」のドラマ

 まず、注目したいのが、「3」という奇数である。山田にとって長編アニメーション映画としては5作目に当たるこの作品のいたるところに登場するこの奇数は、おそらくこの監督の作品にとって画期的な意味を持っている。

 この3とはもちろん、ミッション系全寮制女子校に通う日暮トツ子(鈴川紗由)、トツ子と同じ虹光女子高校に通いながら突然中退してしまう作永きみ(髙石あかり)、そして離島に住む影平ルイ(木戸大聖)という、作中でスリーピースバンド「しろねこ堂」を組む主人公の人数である。サブキャラに目をやれば、トツ子が「森の三姉妹」と呼ぶルームメイト、百道さく(やす子)、七窪しほ(悠木碧)、八鹿スミカ(寿美菜子)も3人組。あるいは、本作では冒頭から、トツ子が礼拝堂の中で一人、「ニーバーの祈り」の一節を口にする姿から始まるように、全編にわたってキリスト教のイメージが横溢するが、いわゆる父なる神、子なるイエス、聖霊からなる「三位一体」(トリニティ)も思わせる。ついでに言えば、作中のトツ子、きみ、ルイのコンビは、今回で4回目のタッグとなる監督の山田、脚本の吉田玲子、音楽の牛尾憲輔の3人組も髣髴とさせる。

 こうした『きみの色』に見られる「3」になぜ注目するかといえば、ひとまずは、これまでの山田尚子が、紛れもなく「2」の作家であったからにほかならない。

 これまでの監督作品を振り返ってみると、『映画 聲の形』では石田将也と西宮硝子、『たまこまーけっと』(2013年)、『たまこラブストーリー』(2014年)では北白川たまこと大路もち蔵、近作の『モダンラブ・東京〜さまざまな愛の形〜』第7話「彼が奏でるふたりの調べ」(2022年)では桜井タマミと梶谷凛と、物語では必ずといってよいほど、決まってカップリング(対幻想)を構成する2人(1組)の男女が主人公となってきた。

 あるいは、これは同性でも変わらない。一連の『けいおん!』シリーズの主人公は、確かに「放課後ティータイム」の5人だが、後輩の中野梓が途中加入するまでは同学年の平沢唯、秋山澪、田井中律、琴吹紬の4(2×2)名だった(この「4名」は、もともと軽音部存続に必要な最低人数だったことも重要)。

 そして何よりも、この山田作品に見られる「2」の原則が物語としてもっとも端正に描かれたのが、劇場用長編としての前作『リズと青い鳥』であるのはいうまでもない。

 すでに多くのレビューで繰り返し語られたように、この作品では、中学時代からの友人だった鎧塚みぞれと傘木希美が劇中で登場する童話『リズと青い鳥』の「リズ」と「青い鳥」に準えられる。さらに、やはり同じタイトルのコンクール課題曲の練習を通して、この2人のカップリング=対称性の関係が、物語の前半と後半で鮮やかに反転する。誰かに憧れ、誰かと自分を比較し、誰かと繋がりたいと思う――このような、思春期特有の鏡像的な同一化の関係性をめぐるドラマを巧みに描き続けた山田の一つの到達点として、『リズと青い鳥』を位置づけることができる。そして、このようなイメージは、『きみの色』の劇場公開と同時に配信が始まった短編『Garden of Remembrance』(2023年)にも当てはまるように見える。ちなみに、この作品には台詞が一切ないため、作中ではそう呼ばれないのだが、作品の概要にある登場人物を指す「きみ」と「ぼく」という呼称は、かつて2000年代のアニメも含むオタク文化で流行した「セカイ系」の「きみとぼく」も思わせる[註]。

 ただ、以上のように文脈を立てた時、今回の『きみの色』の異質さはいっそう際立つだろう。確かに、タイトルの「きみ」はトツ子から見た二人称(きみ)と作永の名前とのダブルミーニングになっていて、対称的な関係性を思わせるが、『きみの色』は、これまでの山田作品がかなり厳密に遵守してきた「2」の原則から外れ、トツ子、きみ、ルイの「3」を描いているのだ。

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