『虎に翼』称賛される理由は“未来”への眼差し 『おかえりモネ』菅波に重なる寅子の“いま”

『虎に翼』称賛される理由は未来への眼差し

 寅子(伊藤沙莉)がついに裁判官(判事補)になった朝ドラことNHK連続テレビ小説『虎に翼』の第12週「女房なきは火のない炉のごとし?」。でも裁判官としての活躍はまだ先。兼務となった家庭裁判所の業務で、戦争孤児の視察を行っていると、道男(和田庵)という16、7歳くらいの少年と知り合う。

 年下の子供たちにスリをやらせてその元締めのようなことをやっていた道男を、いきがかり上、寅子は家に居候させる。だが、財布を盗もうとしたうえ、花江(森田望智)に迫るかのような行為を働き、猪爪家の人々から白い目で見られたため家を飛び出してしまう。

 道男の本心は、家族愛に飢えていて、“猪爪家の子供になりたい”というものだったが、いかんせん表現がまずかった。道男は16、7歳にしてはガタイがよく(演者の和田は18歳)、外見が大人びているから、その言動が女性や子供にとって脅威に映る。

 大人に見えても道男の中身は子供。申し分ない教育も受けられず、いや、それとは関連ないかもしれないが、自分の感情をきちんと整理し言語化することが道男はできなかったので誤解を招くことになった。道男のように言いたいことがうまく言えずに悪く思われてしまう人たちは実際にもいるだろう。一見しただけで他者を判断せず、もっと知る努力が必要だと思わされるエピソードだった。

 他者を第一印象だけで判断しないということは週の前半でも描かれていた。よね(土居志央梨)が多岐川(滝藤賢一)を「おっさん」と呼び、初対面の相手に「おっさん」呼びすることを注意された。また、道男は当初、花江を「おばさん」と呼んだが、よくよく見たら、きれいだと「おばさん」を撤回し、「花江ちゃん」と呼ぶようになる。このちゃんづけには是非があるが、道男にしてみたら、「おばさん」という偏見を改めただけ、一歩前進しているのだ。

 多岐川に注意されたあと、よねが反省したか定かではない。それ以前に、彼女は寅子への恨みを長いあいだ手放さずにいる。他者に対する自分の見方の角度を決して変えない頑固さをこじらせ続ける一方だ。救いはよねの心情は、轟(戸塚純貴)が理解してくれたこと。第11週で、轟の胸のうちをよねが察したことと対を成している。

 花江、ひいては猪爪家への道男の思いを慮っていたのははる(石田ゆり子)で、突然の心臓発作で倒れた死の間際、道男と花江たちを和解させた。はるが誤解を解かなければ、道男は素直になれないまま、もっと荒れた人間になったかもしれない。

 人助けという一世一代の大仕事を行い、天に召されたはる。彼女は寅子と花江に日記はすべて燃やしてほしい、恥ずかしいからと言い残した。はるが唯一、残していいと許可したのは未来の貯蓄計画であった。10年先まで予測して記してあるのを見て、寅子と花江は泣いたり笑ったり。回想シーンもよかったけれど、母が子供の未来を楽しみにしていたその気持にじんっと来る。

 『虎に翼』が高評価の理由のひとつは、戦前から戦後を舞台にしながら、極めて現代的であることだ。はるの貯蓄日記もまさに現代性に富んでいる。過去の日記をすべて焼き、未来の希望に賭けるかのような行為は、いまとても必要とされていることである。人生100年が掲げられ、そのための資産シミュレーションを行うことが推奨されている。そして未来のために資産を投資して守っていくことも。

 いままでにない新しさを絶賛される『虎に翼』を基点にして、最近の朝ドラの変化を考えたとき、視点が「未来」へと向かっていることを強く感じる。例えば、『舞いあがれ!』(2022年度後期)は空飛ぶ車という未来の発明を描いた。『カムカムエヴリバディ』(2021年度後期)は1925年から2025年までの100年間の物語で、最終回は2025年の未来だった。それまでの朝ドラは、戦中戦後を日本人の記憶の共有として描いていたところがあり、それは実際に体験している視聴者が多かったからだろう。だがいま、実体験した世代は減り、実体験した世代を親に持ち、話に聞いた世代もコア視聴者層から外れはじめている。

 過去をなかったことにはできないし、伝えていかないといけない使命もありつつ、戦中戦後描写の表現を擦るようになりがちなことも否めない。『虎に翼』は戦中朝ドラの名物・玉音放送のシーンを描かない選択をし、個々の生活に着目した。さらに、今回の日記処分と貯蓄計画である。過去を焼き、未来を生きることを優先したのは、ひじょうに思いきった視点といえるだろう。

 『虎に翼』はあらゆる人たちが平等であり、いま、世界的な目標である「誰一人取り残さない社会」を念頭に描かれていると考えられるからだ。というのは、6月15日放送のNHKラジオ『ウチらと世界とエンタメと』で吉田恵里香が漫画家・横槍メンゴと話しているときに、尾崎裕和制作統括に、吉田の台本は「何もとりこぼさない」ように書いていると言われ、意図を汲み取ってもらったことがうれしかったと語って(大意)いたからだ。

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「国内ドラマシーン分析」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる