『僕が宇宙に行った理由』が伝える“地球の美しさ” 人を動かす力に溢れる本物の記録映像
企業家・前澤友作の宇宙への旅を追いかけたドキュメンタリー映画『僕が宇宙に行った理由』には、実にシンプルな魅力が詰まっている。
本作は、株式会社ZOZOの創業者である前澤が長年の夢だった、宇宙に行くまでの7年間に密着した作品だ。宇宙に行くと決め、過酷なトレーニングを経て、後腐れないように会社をヤフー株式会社に売却し、最終試験を突破。そして宇宙船に乗り込み、宇宙ステーションISSで過ごす日々から、帰還後の心境の変化をつぶさに追いかけている。前澤氏をよく知る人物や、宇宙飛行士の山崎直子のインタビューなどもまじえ、一般メディアでは見せることのない彼の側面と宇宙に挑むことの意義と大変さに迫る内容となっている。
この映画に小難しい話は一切ない。タイトルにもなっている「理由」も特段深いものではなく、非常にシンプルなのである。そして、本作は、「地球の美しさ」という、シンプルだが宇宙からしか見ることのできない魅力を、スクリーンで堪能できることの意味が考え抜かれた内容となっている。
地球のかけがえのなさを伝える宇宙からの映像
本作の魅力は何といっても、他では観られない映像に溢れていることだ。監督の平野陽三も宇宙に同行し、貴重な映像を多数収めているからだ。
貴重な映像は宇宙だけではない。実際に宇宙に行くためには様々な検査をクリアし、苦しいトレーニングに耐えなくてはならない。基本的なウエイトトレーニングから、無重力状態の負荷に耐えられる身体作りのため、巨大な遠心機に乗り込み何周も回されたり、不時着した時のための野営キャンプの訓練まで様々なことを真面目にこなす前澤の姿は、他のメディアではあまりお目にかかれない。宇宙服着用時のオムツ姿なども映されている。
“民間人の宇宙旅行”と聞くと、金持ちの道楽というイメージがあると思う。前澤のこの企画も(いい意味で)「道楽」ではあるが、お金だけでは突破できない難関がいくつもあるということがよくわかる。
普段見慣れない前澤の姿も新鮮だが、本作の見どころは何といってもソユーズやISSなど、一般人には立ち入れないような場所にカメラを持って潜入している点だ。
たとえば、宇宙船のコックピットにもカメラが入っている。コックピットはとにかく狭く、3人がやっと座れる程度のサイズしかない。その狭さと広大な宇宙に向かうという対比が面白い。スペースシャトル発射の様子もメディアには立ち入れないレベルの近さで撮影しており、巨大な鉄の塊が大空へ飛び上がる光景に感動させられる。
このシャトル打ち上げシーンは、映画館の大スクリーンと大音響で観るべきものだ。小さなスマートフォンやテレビでは、あの巨大な物体が天高く舞いあがる驚きを充分に味わうことができない。映画館なら目で見て耳で聴くだけではなく、その音圧を全身で振動として浴びることができる。この作品は、間違いなく映画向きの題材なのだ。
宇宙へと打ち上げられている最中の映像も貴重だ。重力が薄くなり徐々に顔がむくんでくる状態を映したカットなどは、この作品ならではと言える。
そして、宇宙船から地球を見下ろした時、そのシンプルな美しい青に魅せられる。この映画はシンプルだと先に書いたが、その代表が地球の青だ。とにかく鮮やかな青い球体が暗い宇宙にぽっかりと浮かんでいることの不思議。これは確かに奇蹟的なものだと、一目で観客に提示できるだけの説得力がある。
無重力状態での撮影の面白さもふんだんに活かされている。地上に足をつけてない状態のカメラは、ステディカムやドローンの映像ともまた一味違った浮遊感をもたらしている。撮影者も撮影対象も浮いているというのはなかなかお目にかかれない映像だ。本作のポスターなどに使われているメインビジュアルは、身体を丸めた前澤が地球をバックに浮きながらゆっくり廻っているシーンだ。自転する地球を背景に、地球の周りを周回するISSの中でくるくる人が廻る映像は、ここでしか撮影不可能であろう。これはCGではなく、本物の記録であることに大きな意義がある。