国際政治学者・五野井郁夫に聞く、“映画”と“ファッション”の相互関係

五野井郁夫に聞く映画とファッション

「人の欲望が最も早い形で表れるのは、映像芸術とファッション」

ーーファッションと政治の相互作用について、五野井さんの意見を聞かせてください。

五野井:第2波のフェミニズム議論でいえば、政治における規範の変化の兆候が一番早く出てくるものは、映画をはじめとする芸術やファッションなんです。サン・ローランが1966年にパリのセーヌ川左岸(rive gauche:保守的な右岸に対してカウンターカルチャーが左岸)にオープンさせた「サンローラン・リヴ・ゴーシュ」というブティックがあるのですが、ここはもともと男性が着るものだったパンツやスモーキングジャケット、タキシードジャケットなどを女性が着やすい形にしてプレタポルテで出して、大量に売ったんです。「自分が本当に着たい服を規範に縛られることなく着ることができる」という女性たちの証明をサン・ローランが提示したんです。この若者たちによる政治の勢いはそのままゴダール『中国女』(1967年)へ受け次がれ、1968年には当時のドゴール仏大統領をのちに退陣させ、世界での文化的革命を引き起こしたパリ五月革命へとなだれ込みます。

ーー私はZ世代なのですが、政治に関心を持っている日本の若い人は少ないように感じています。

五野井:今のZ世代についていえば、それなりに政治的関心はあると思います。逆にそれ以前の世代、つまり40〜60代に、政治に関心がない人が多いと思っています。これには、村上春樹や吉本ばななに代表されるような1980年代の消費文化が関係しているんですよね。

ーー消費文化の1980年代に至る前はどんな時代だったんですか?

五野井:1970年代の大島渚監督や足立正生監督などの作品は、非常に暴力的でした。時代の風潮として「武力闘争が一番いい」というようなことを言っている映画が多かったので、そういう人たちを横目で見ていた1980年代の若者たちが「政治ってイヤだな」と思って、“政治に無関心であることがカッコいい”というような風潮が2000年代くらいまでずっと続いてきました。

ーー映画界とファッションの最前線のつながりは並んで進んでいっているものなのでしょうか?

五野井:海外ではそうなってきている部分もありますが、日本だとファッション業界自体のジェンダー規範も弱いですし、尊厳のない労働も多いというのが現状です。それこそスタイリストの無賃労働が横行していたり、上下関係がすごく厳しかったり……。こうした状況は今すぐには解消されないと思いますが、それを解消する方向で作った映画がもっと出てきたらいいですよね。Netflixとかは大規模な予算をかけた作品を、スタッフにとってもいい職場環境で制作できつつありますから。

ーー他国と比較しても、日本映画の予算はかなり少ないですよね。

五野井:国からの補助金をもっと出してもらうことが大事ですね。映画と漫画とアニメ、そしてファッションが、海外で戦える数少ない日本発のコンテンツなので。だから国がちゃんとお金を出しつつ、口は出さないという形で、お金をドンとつけてあげることによって、映画産業に携わる人々の生存と尊厳の双方を守っていくことが必要だと考えます。

ーーここまで政治を読み解くうえでファッションに表れるものを軸に聞いてきましたが、逆にファッションの方から政治に働きかけることは、エンタメ業界においてあり得ることなのでしょうか?

五野井:おそらく、法律や政治になるよりも先に人の欲望が最も早い形で表れるのは、芸術、とりわけ映像芸術とファッションなんです。女性の権利がまだちゃんと認められていなかった頃に「スカートを履かない」という方向を推し進めたり、コムデギャルソンやヨウジヤマモトが1980年代に発表した、既存の男性目線と3サイズに縛られないオーバーサイズや男性のスカートもそうですが、政治よりも先にファッションや映画の方で社会の規範を作り変えてしまう、という流れがこれまで多くありました。

ーーとても興味深いです。そもそも、五野井さんはなぜファッションと政治を並べた形で研究を始めたのでしょうか?

五野井:ファッションと美学・芸術学を勉強していくうちに、ただ政治の動きを勉強したり、哲学書を読んだりするだけでは政治を何も見ていないんじゃないかと思ったんです。ファッションやモードというものと政治の関係、あるいは政治と映画の関係というものをちゃんと押さえていないと、世の中の動きを見誤るだろうと。それを読解し、皆さまに提示していくことが非常に大事なことだと考えています。

ーー映画とファッション、そして世の中の政治的な動きのどちらもが相互的に作用していると。

五野井:映画もファッションも、どちらも時代のちょっと先が見えていて、「将来こうなりそうだな」というのを一番結晶化した形で表しているものがしばしば出てきます。だからこそ、これからもそれぞれの表現と表現者のみなさんに期待をしています。

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