ハ・ヨンス、日本で挑戦し続ける覚悟を語る 『虎に翼』崔香淑役は人生の第2幕に
朝ドラ『虎に翼』(NHK総合)の第2週より登場している、明律大学女子部法科の寅子(伊藤沙莉)の同級生・崔香淑(さいこうしゅく)。日本語が堪能な、朝鮮半島からの留学生だ。
演じるのは韓国・釜山出身のハ・ヨンス。これまで韓国映画『恋愛の温度』、韓国ドラマ『リッチマン』(『リッチマン、プアウーマン』の韓国リメイク)など話題作に出演しつつ、2022年より拠点を日本に移し活動を開始。元々はアートを学ぶための日本への移住だったが、悩んだ末に役者としての道をもう一度選び、日本で人生の第2幕を開けた。
日本のドラマ初出演は、朝ドラという快挙。物静かながら勉強熱心で芯のある香淑を表情豊かに、チャーミングに演じている。独学で日本語を勉強してきたというハ・ヨンスの役者としての道は、当時の厳しい現実を乗り越え、自身の道を切り開いていった香淑と重なるものがある。異国の地で認められるためには実力と根気強さが必要だ。
取材を通じて感じるのは、日本の役者にもなかなかいないような彼女の挑戦の姿勢。『虎に翼』を弾みにして、さらに羽ばたいていく未来が見える。今後は殺人鬼のような「ギャップのあるキャラをやってみたい」というハ・ヨンス。取材終わりに、「『虎に翼』の終わるタイミングでまたインタビューをよろしければ」と声をかけてくれたが、その頃にはきっと次の作品のオファーが舞い込んできているだろう。(渡辺彰浩)
『虎に翼』で演じる崔香淑は「私とそっくり」
――この取材はちょうど1週間後に『虎に翼』のオンエアが始まるタイミングで行っていますが、今の心境はいかがですか?
ハ・ヨンス:ワクワクと一緒に心配もしているのが正直な気持ちです。日本語の演技の経験がゼロだったから。私が演じる崔香淑は7年ぐらい日本語を学んだ設定です。私は2年ぐらいしか日本語を自分一人で勉強してないし、まだまだ足りないところがたくさんあると思います。だから、現場に行っても自信がなくなって、落ち込んだりしてしまう時があって。でも日本語を自分のものとして吸収するために、ただ覚えて口から出すだけじゃなくて、気持ちを込めて演技することを目指していました。一人で携帯で撮影して自分の日本語をチェックしたりを半年間していたので。だから、不安と大丈夫みたいな気持ちがずっと一緒にありました。私は物語の2週目から登場するので、だからこそ心配というか。日本語を7年学んだ人に見えるように、本当に頑張ったんです。今よりもっと上を目指してセリフをちゃんと言おうと思って。
――日本語のどういったところが難しかったですか?
ハ・ヨンス:フラットなイントネーションは難しいんですね。例えば、韓国語には伸ばす棒がないんですよ。「こんぺいとう」みたいにフラットな発音の単語自体ないから、韓国語はもっと波があるんです。最初は気持ちを入れるのが難しくて。韓国では激しい言葉を使った演技をしていたので、日本は文化も違ったり、さらに今回は時代設定があるドラマだから。毎回「大丈夫ですか?」って聞いてチェックしていただいたりして、自分なりに一つずつ繊細に頑張りました。
――今お話していても全く違和感ないくらいに上手ですよ。
ハ・ヨンス:本当ですか!? ありがとうございます。出演者のみなさんと比べても違和感ないように頑張りました。
――周りの方から日本語を教えてもらったりも?
ハ・ヨンス:演出の安藤(大佑)さんが韓国語を喋ることができるので助けられました。「これって日本語だとしたら、こういう意味で合ってますよね?」というように韓国語で聞いたり、難しい言葉もご存じでいろいろ教えてくださって救われました。
――ヨンスさんが演じる崔香淑は、朝鮮半島からの留学生ということで、韓国から日本に来たヨンスさん自身とも境遇が重なりますが、そこはシンパシーを感じたりしますか?
ハ・ヨンス:私とそっくりって思うくらい状況が似ています。香淑は若い時に留学生として日本に来て、私は30代に来てるところは違いますけど。別の国に来て学んでいるところも、食べ物が好きなところも似ています。私も甘いものを食べるのが好きだから。喫茶店に行くのも好きだし、頬張りながら私も食べるので。空気を読むのが早いところも似てるとは思ってます。
――香淑を演じる上での役作りはどのように進めていきましたか?
ハ・ヨンス:香淑は日本人の旦那さんと結婚して子供を産んだり、さらに時代設定が戦後になるので痩せないといけないと思っていて。妊娠しても苦労している顔にならないといけないから、それに合わせてダイエットしたり、外見はそうやって管理してます。それにプラスで、今まではちょっと子供っぽく演技をしていたんですけど、これから演じる予定の新しい香淑は演技的に使う筋肉を抑えようと思ってます。
――香淑は物静かであるけれど、強い意志を内に秘めている人物ですが、ヨンスさんが思い描く香淑の人物像を教えてください。
ハ・ヨンス:少しずつ沙莉ちゃんが演じる寅子に感化されていく、そして道を自分で作って前向きに進んでいく、そういう人物像を自分の中で設定して演じています。少しずつ私も感化されて、みんなと一緒に成長していくのがこのドラマのキーポイントだと思っています。
――香淑の髪型や眼鏡をかけてる部分からは勉強熱心というイメージも伝わってきます。
ハ・ヨンス:衣装合わせの時に監督が私をじっと見て、「誰もしてないから眼鏡しよう!」という流れで急遽決まったんです。この洋服とかメガネをしてる雰囲気は香淑の素朴なイメージが作られた気がします。
――朝ドラの眼鏡をかけている女性キャラクターは、過去には吉岡里帆さん(『あさが来た』)、松本穂香さん(『ひよっこ』)、森七菜さん(『エール』)のように話題になってブレイクしていく人が多いんです。
ハ・ヨンス:え、そうなんですか!? そんな比べられないですけど、ありがとうございます。頑張ります。
――女子部で法律を学ぶ寅子(伊藤沙莉)、よね(土居志央梨)、涼子(桜井ユキ)、梅子(平岩紙)、香淑の5人は男子学生から「魔女ファイブ」と呼ばれるそうですが、撮影裏でもみなさんは仲良しですか?
ハ・ヨンス:それぞれ別の撮影があったりしてみなさん忙しいんですけど、集まったら「キャー! キャー!」って和気あいあいで、お喋りが終わらなくて監督から「もういいですか?」って言われることもあります(笑)。意外と一緒になるシーンがなくなってしまって寂しいんです。もっと会いたかったし、グループでのシーンが多かったらよかったとも思います。韓国では顔合わせから本読みをして、会食に行くんです。そこでみんなでグループLINEを作って、連絡先を交換するのが普通だから。でも、日本ではあんまりそういうことはしないって聞いてショックを受けて。仲良くなるのは難しいかなって思ってたんですよ。でも、ちょっと時間が経ってからのロケで「LINE作りましょうか」ってなったんです。私がそう言っていたのもあって、みなさんが「いいよ!」って言ってくださって。撮影が終わった日は「お疲れ様でした」って私が現場で撮った写真を送信したり、みなさんもかわいいスタンプを送ってくださったりして、いろんなお喋りをして、そういう雰囲気で仲良くしてます。
――みなさんそれぞれの印象を教えてもらえますか?
ハ・ヨンス:私は日本の役者さんに詳しくないので、今回の出演が決まるまでは沙莉ちゃんを知らなかったんですよ。(平岩)紙さんだけは知っていました。いろんな作品に出てる方だし、貫録がすごいじゃないですか。「あの時の方! 光栄です!」ってなって、そういう気持ちで“神様”という(笑)。出演が決まってからは、沙莉ちゃんの出ている作品を観て、こういう演技をするんだ、どういう人か実際に早く会ってみたいと思いました。会ってみたら、ほっぺをぐいっとしたくなるくらいかわいくて(笑)。でも、演技をする時はプロで、自分のオーラをちゃんと持ってる、確信がある演技をする、そういう印象でした。主役としての雰囲気が出ていていいなって思います。土居さんとユキさんはクールなイメージがあって、最初は話しかけちゃダメかなっていう印象があったんです。だけど、私が喉の調子を悪くしてしまった時に、ユキさんがお薬とお茶を用意してくださって、「ヨンスちゃん。これ飲んで、喉にいいから」って言ってもらえて、その場で泣きました。土居さんは個人でご飯も一緒に食べたことがあるくらいです。あとは、玉役の羽瀬川なぎちゃんとも仲良しになって、スタジオでの撮影が終わったらご飯を食べて帰ったり、LINEをしたりしてます。みなさんとは本当に仲良くなってますね。
――梅子は香淑の面倒を見てくれる役柄でもありますよね。
ハ・ヨンス:紙さんがロケの時に、「これ、ヨンスちゃん帰りに食べて」ってコンビニで湯葉おにぎりを買って来てくださったんです。私が湯葉好きだったなって独り言で言ったことを覚えてくださっていて。その後も紙さんはみなさんにしらすを送るので住所を聞いていたり、本当にいい方です。
――実際にも面倒を見てくれているんですね。オンエアが始まる前の事前番組で、香淑が韓国語で「私にはやるべきことがある」と話している場面が印象に残りました。
ハ・ヨンス:香淑は朝鮮人でしかも女性だから、試験を受けても君は無理だよって言われてしまうんです。兄さんも国に帰っちゃったし、私も帰らないといけない、だけどみんなを最後まで見届けてから帰りたいと思うんです。自分も一生懸命勉強したり、みんなと一緒にいたい、支えたいという気持ちでいることが、「私にはやるべきことがある」というセリフの意味でした。
――『虎に翼』の物語自体としては、どういったところに面白さを感じますか?
ハ・ヨンス:人って知らないことばかりで、永遠に勉強が続くものだと私は思います。この時代にも差別はあったし、上に上がるのが難しい女性として生まれて、でもそれを乗り越えていく。これが当たり前みたいになってるその社会を変えていくのがポイントで。それぞれの物語が一人ずつにあって、ハンディキャップを抱えながらも立ち上がって、自分の人生を自分が作り、前向きに進む。今まで女性だからできないと言われたことをやってみせることがポイントかなと思います。