『葬送のフリーレン』なぜ壮大な劇伴に? Evan Callが語る日本アニメのユニークさ
映像と楽曲が共鳴することで生まれた名作は数えきれない。TVアニメ『葬送のフリーレン』もまた、音楽という点においても注目の作品だ。
劇中音楽を手がけるのは、アニメ『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』やアニメーション映画『ジョゼと虎と魚たち』などの映像音楽で知られる作曲家Evan Callだ。彼の作り出した音楽が奏でる旋律は、視聴者の心を揺さぶり、物語の背後に潜む切なさや言葉にできない温もりを引き出す。
さまざまな人気アニメ作品だけでなく、大河ドラマ『鎌倉殿の13人』でも劇伴を手がけたEvan Call。彼は英雄譚の“その後”に焦点を当てた『葬送のフリーレン』という物語にどのようなインスパイアを受け、どのように劇伴を制作していったのだろうか。
「結局大事になってくるのは、物語の見せ方なんですよね」
ーー今回は劇伴オファーのタイミングで『葬送のフリーレン』に初めて触れたとお聞きしました。作品を実際に読んで、どのような印象を受けましたか?
Evan Call(以下、Call):非常に素晴らしい作品だと感じました。特に最初の数ページで感動するような要素があることは、なかなか珍しいですよね。大体の作品は中盤から後半に向けて感動の気持ちが湧き上がるようになっています。でも、この作品は序盤から勇者一行のキャラクターが明確に描かれているように思いました。
ーー掴みの面白さも『葬送のフリーレン』の魅力ですよね。
Call:そうですね。ヒンメルの喪失を経験したフリーレンが、千年以上を生きる中で初めて「もっと人間を知りたい」という気持ちを抱く場面では、「このキャラクターたちのこと、ほとんど知らないのに既に泣きそう!」と思いました(笑)。素敵な物語の始まりですよね。コンセプトも好きだし、何より続きが気になる。
ーーフリーレンをはじめ、本作に登場するキャラクターは、“人間的な”感情移入をしやすい造形がされています。音楽作りにおいてキャラクター面からインスピレーションを受けた要素はありますか?
Call:決まったキャラクターというよりは、フリーレンが過去を振り返る回想シーンの勇者一行の雰囲気を大切にしたいと思っていました。その中で言うなら、ヒンメルは少し特殊な存在なのかもしれませんが……。フリーレンが、ヒンメルの成し遂げようとしていたことや彼の気持ちを少しずつ理解していく過程を、音楽に反映しました。人間を知ることで徐々に変化していく、感情の雰囲気を音楽でも出したいなと。
ーー「誰かを思い出すことで相手を知っていく」良さは確かに作品に漂っています。
Call:そうですよね。多分自分が今まで関わってきた作品の中でも、一番「記憶を振り返る」ことにポイントが置かれた作品なのではないでしょうか。
ーー監督から曲のオーダーやイメージのリクエストはありましたか?
Call:今回はメインテーマから作ったのですが、打ち合わせの前に自分からプレゼンしました。まずは私が感じた世界観を聞かせたほうが、この作品に関してはいいと思いました。もちろん作品によっては「この参考曲のようにしたい」とか「こんなイメージで」とかリクエストが来ることもあります。メインテーマは、他の劇伴に比べると制作時期は早めで、半年以上前に作りました。それをプレゼンして、「私が思ってるのはこの方向性ですが、いかがでしょうか」って(笑)。
ーーメインテーマを作る際、軸になったキーワードなどはありますか?
Call:思ったのは、「冒険」と言う作品の大きな魅力がありつつ、でもこの物語は冒険のための作品じゃないと思っています。本当に観るべきポイントは、“冒険の中での人の成長と時間”。その時々の人物の関係性が重要なので、冒険のワクワク感はそのまま、ちょっと懐かしさを感じる内面的なニュアンスを取り入れたいなと思って。その辺りをメインテーマに盛り込んで、プレゼンしました。そこから斎藤圭一郎監督と音響監督のはたしょう二さんと打ち合わせを重ねて、より具体的な話を進めました。
ーー打ち合わせではどんな話をしたのでしょうか?
Call:まずはメニュー表をいただいて、皆さんで一緒に意思疎通を図りました。ただ、「最初の初回2時間スペシャルの部分は、フィルムスコアリング(完成した映像に対して、必要な音楽をシーン毎に制作する)でやりたいです」という話があったんです。だから話し合いとしてはまず浅めに「この音楽が欲しい!」と言うよりも、「このシーンだとこのニュアンスの音楽で考えている」「ここは見せ場のシーンだからこうしたい」という温度感のすり合わせをしました。
ーーフィルムスコアリングだからこそ、最初のすり合わせが重要なんですね。
Call:フィルムスコアリングでは、映像や演出、セリフの意図を理解した上で、目的に合った音楽を作るので曲を差し替えられないんです。お互いの目標が共有できないと「この曲はいい曲だけど合わない」となりかねない。事前に私の方向性と、向こうの方向性が違う可能性がある部分をすり合わせないといけないんです。なので以心伝心で曲作りができるように、重要なポイントをピックアップして話しました。
ーー演出に合わせた音楽の見せ方についてもすり合わせをするのでしょうか?
Call:そうです。特に今回の『葬送のフリーレン』では魔法を使うシーンもありますし。決めポーズがあるのか、自然な動きなのかといった細かい話をその場でしました。その前には漫画の知識しかなかったので、全然イメージが湧かなくて。どんな動きになるかは、ゼロベースからなるべく監督から聞いた方がわかりやすかったです。
ーー以前劇伴を担当された映画『金の国 水の国』では、モデルとなった地域の民族楽器を用いた楽曲へのアプローチがありました。今回も音楽面での国や風土との結びつきを意識しましたか?
Call:はい。それこそ『金の国 水の国』が中東とアジアの雰囲気だったら、中世ヨーロッパのような雰囲気が漂っていますよね。ただ今回は、より古めかしい要素も取り入れることを考えました。通常は、オーケストラのテーマに加えて、民族楽器を使うことが多いのですが、今回は古楽器(現代に至る演奏史上で廃れつつある楽器)を取り入れるために、別の楽器も試してみました。
ーー具体的には?
Call:「レベック」と言う楽器を使いました。バイオリンみたいに広がる綺麗な音は出ない、どちらかというと詰まったような音がする楽器です。人によっては好きじゃない音かもしれません(笑)。もちろん曲で使うにあたっては、耳障りに聞こえないようなメロディーにしています。この作品の雰囲気には、よく合うと思いました。
ーーどんな音なのか、ますます気になります。
Call:あと使ったのは、「ヴィオラ・ダ・ガンバ」で知られている“ヴィオール”という種類の楽器。今回は、その中でも小さいサイズのものを使いました。バイオリン(フィドル)と違ってビブラートが少ないので、ストレートな音色が特徴なんです。これもまた古めかしい雰囲気を出すのに役立ちました。フィドルも使いますが、楽曲ごとに使い分けています。曲によって、よりエモーショナルな曲にしたい場合は、フィドルを使ってビブラートをしっかり入れる。より落とした感じとか、ニュートラルな雰囲気を出したいときは、他の楽器も使ってますね。
ーー作品の時代設定が変わると、楽器の種類もかなり変化するのですね。
Call:そうですね。時代設定が変わることで楽器の選択肢も大きく変わると思います。『ジョゼと虎と魚たち』みたいに、エレキギターやシンセサイザーを使う場合もありますし。ただ、一番大事なのは、ロケーションよりは中身です。音に関しても、結局大事になってくるのは、物語の見せ方なんですよね。『葬送のフリーレン』がひたすらバトルメインの作品だったら、音楽の方向性もだいぶ変わるはずです。だから、どんな時代設定の作品をやるとしても、最後は“この物語で何を見せたいか”だと思っています。