『火の鳥 エデンの宙』がいま製作された意味 手塚治虫の「望郷編」に包含された狂気の再現
本シリーズのSTUDIO4℃による映像表現は、近年のアニメーションらしく、より高精細な作画によるもので、手塚治虫の絵柄を一部踏襲しながらも雰囲気は大きく変わっている。この絵柄の刷新やエフェクトの多用された背景が作り出す映像については、妥当といえる落としどころで、最高とは言わないがバランスのとれたものになっていると感じられる。
いずれにせよ、本シリーズで最も大きなインパクトが与えられるのは、やはり手塚治虫が提供していた、狂気にも似た創造性に溢れる表現の氾濫である。なかでも、鉱物によって支配された不気味な惑星の描き方や、人間たちが生み出す未来に対する徹底的に冷めた見解には圧倒的なものがある。筆者は、学生時代に原作「望郷編」を読んだ日に衝撃を受けて熱を出したことを、本シリーズを鑑賞することで思い出した。作り手たちもまた、「望郷編」に包含されている狂気を再現することに腐心したのではないか。
さらに執筆当時の手塚治虫のヴィジョンは、“現代”の問題を照らし出してもいる。多くの貧しい人々が生存権を脅かされ、社会や地球環境が壊れていくなかで、限られた特権階級にいる者たちが助かろうと大多数の人々を搾取する構図は、そのまま現在の地球の状況と、来るべき未来の姿を映し出していると感じられる。さらに、宇宙移民が厳しい状況に置かれていることも、現在の移民問題に繋がっているといえる。
日本人は、かつてグアムやハワイ、カリフォルニアやブラジルなど、集団で海外に移民した過去がある。だが、過酷な労働環境や異なった文化に戸惑い、第一世代は日本に帰りたいと望む者が多かったといわれる。それは日本だけではなく、世界中の移民や、日本に移り住んだ人々にも共通するものがあるだろう。ロミをはじめとする、地球へのホームシックを患う多くの人々の存在というのは、こういった歴史や、現実の状況を踏まえたものだと考えられる。
だが、手塚の描いたラストも、本シリーズがかろうじてたどり着いた可能性にも、未来への希望は残されている。絶望的な世界のなかにも、人間の営みはあり、心の交流はあるのだ。人々の罪や欲望を悲観的に、そして諦念を持って表現しながらも、ロミや、人間と異星生物“ムーピー”との間の子孫であるコムのような、善良な人々が存在し、社会をやり直す可能性が描かれるとというのは、一つの希望として我々の目に映る。
このように本シリーズが、この壮大な物語を通し、人種の違いや文化などの違いによる偏見を少しでも払拭し、分断の壁を低くすることに繋がってくれれば、本シリーズが新たに蘇り、世界に向けて配信される意義は、間違いなくあるといえるだろう。
■配信情報
『火の鳥 エデンの宙』
ディズニープラスにて配信中
出演:宮沢りえ、窪塚洋介、吉田帆乃華、浅沼晋太郎、木村良平、イッセー尾形
原作:手塚治虫『火の鳥』(望郷編)
監督・絵コンテ:西見祥示郎
キャラクターデザイン・総作画監督:西田達三
美術監督:木村真二
脚本:真野勝成、木ノ花咲
音楽:村松崇継
演出・CGI監督:斉藤亜規子
色彩設計:江上柚布子
編集:重村建吾
サウンドデザイン・音響監督:笠松広司
エンディングテーマ:LIBERA「永遠の絆」(Libera Records)
プロデューサー:田中栄子
アニメーション制作:STUDIO4°C
©Beyond C.