『らんまん』は人間が矛盾に満ちた存在だと教えてくれる 田邊教授の“A面とB面”を考える

『らんまん』田邊教授の“A面とB面”

 歳も近く、明るい性格の寿恵子に心を許した聡子は田邊とのささやかな思い出を語る。母と銀座で買い物をしていると大きな羽根枕を抱えた田邊と偶然会い、彼は枕だけ人力車に乗せて聡子と母と一緒に銀座を歩いてくれたと。あのスっとしたたたずまいの田邊が丸くて大きな白い枕を載せた人力車の横で母娘とともに銀座を歩く姿を想像すると何やらかわいらしい。

(左から)槙野寿恵子役・浜辺美波、槙野万太郎役・神木隆之介、田邊彰久役・要潤

 田邊の家の玄関口と庭にはシダが茂る。もともとその土地にあるものでなく、後からわざわざ植えたホウライシダだ。田邊は植物の中でもっともシダが好きらしい。雨の中、その理由を尋ねた聡子に彼は答える「シダは花も咲かせないし種も作らない。太古の昔、胞子だけで増えるシダ植物は陸の植物の覇者だった。地上の植物の始祖にして永遠……」。

 この田邊の言葉にはどんな意味があるのだろう。彼は自らが植物学の世界で花を咲かせられないと既に悟っているのか。しかし、この学問で始祖として永遠に名を刻むのも自分であると?

 人間は矛盾に満ちた存在だと冒頭に書いた。田邊が西洋の学者に頼るしかなかった日本の植物学の世界を発展させたいと粉骨砕身していたのも、後妻として迎えた若い妻を愛おしく思っているのも事実だろう。が、万太郎を利用し自らの“胞子”として使おうとしたり、聡子を自分の下位に在るか弱い存在としてしか認識していないのもまた事実。頭脳明晰で日本の将来を見据え、植物学の世界でホウライシダとして生きようとしているはずのこの男に圧倒的に欠如しているのは他者の気持ちを慮る力である。有能であるがゆえに王となった田邊には植物学教室の面々や最も近くにいるはずの妻の心が見えていないのだ。

 『らんまん』田邊彰久のモデルが東京大学理学部の初代教授・矢田部良吉氏であれば、これから田邊が歩む道に輝かしい赤い絨毯は敷かれていない。その未来が現れた時に、彼は自分だけが優れた人間であるとの考えを改め、支えてくれていた周囲の人々の思いに心を寄せ、聡子の芯の強さを見つめることができるのだろうか。

 田邊が宿す人間臭い矛盾に満ちた“A面”と“B面”の顔に加え、彼の中にはまだ新たなボーナストラックがあると期待したい。

■放送情報
NHK連続テレビ小説『らんまん』【全130回(全26週)】
総合:午前8:00〜8:15、(再放送)12:45〜13:00
BSプレミアム・BS4K:7:30〜7:45、(再放送)11:00 〜11:15
出演:神木隆之介、浜辺美波、志尊淳、佐久間由衣、広末涼子、松坂慶子ほか
作:長田育恵
語り:宮﨑あおい
音楽:阿部海太郎
主題歌:あいみょん
制作統括:松川博敬
プロデューサー:板垣麻衣子、浅沼利信、藤原敬久
演出:渡邊良雄、津田温子、深川貴志ほか
写真提供=NHK

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