『らんまん』は人間が矛盾に満ちた存在だと教えてくれる 田邊教授の“A面とB面”を考える
人間とはなんて矛盾に満ちた存在だろうーー。NHK連続テレビ小説『らんまん』「ホウライシダ」(第14週)では一人の男を通して人間が宿すさまざまな面にスポットがあてられた。
その男とは東京大学・植物学教授の田邊彰久(要潤)。小学校中退の万太郎(神木隆之介)に東大植物学教室への出入りを許し、彼の才能を認め引き立ててきた田邊だが、ここにきて夫としての顔と、学者としての闇の部分も明らかになった。
まず、家庭人としての田邊だが、妻・聡子(中田青渚)に加え娘二人と暮らしている模様。かなり年齢差がありそうな夫婦であるがそれもそのはず。じつは田邊は前の妻と死別しており、政府の仕事で知己があった判事の娘・聡子を後妻に迎えたとのこと。ここまでは明治という時代を考えればさほど不自然ではないが、聡子はお茶の水女子高等学校を中退し嫁いできたという。
ここで思い出してほしい。鹿鳴館のオープンに向けて行われた舞踊発表会で、寿恵子(浜辺美波)が高藤(伊礼彼方)を華麗に振って走り去る様子を目撃した田邊が笑みを浮かべながら「この国には女子教育が必要」と語ったことを。つまり彼は日本が西洋と肩を並べるためには女子の教育が必須であると対外的に発信しながら、プライベートでは高等教育を受けられる境遇であった聡子の女学校卒業を待たずに嫁がせ、家から出さずに先妻の遺した娘二人の養育も任せているのである。
さらに田邊は先妻が生きていた頃から働いているであろう初老の女性が聡子に対しキツい口調で話しても注意はせず、子どもたちが彼女に懐くようフォローする姿を見せることもない。
かわって植物学者としての田邊はどうか。まず万太郎にとって、彼は植物学への大きな扉を開いてくれた恩人だ。徳永(田中哲司)や大窪(今野浩喜)が反対する中、田邊は万太郎を自由に教室に出入りさせ、植物標本を作製・検分する許可を出し、植物学会の雑誌まで創刊させた。田邊のバックアップがなければ万太郎が発見したマルバマンネングサがマキシモヴィッチ博士に認められ新種として登録されることもなかっただろう。
だが問題は、田邊が最終的に自身の“利”に結び付くようすべてを計算し、万太郎を近くに置いていたことだ。結婚祝いの名目で自宅に招いた万太郎に田邊は迫る「私のものになりなさい」と。万太郎を専属のプラントハンターとして各地の植物採取に出向かせ、採取した植物に価値があるとわかれば自分の名で発表する、勿論、報酬も支払う。そんな田邊からの申し出を断った万太に彼は「何の身分もない、何の保証もない、小学校も出とらん虫ケラが何を言っても無駄だ!お前は私にすがるしかない!」と感情をあらわにする。
旧友・佑一郎(中村蒼)との会話からヒントを得て博物館を訪ねた万太郎は、シーボルトの助手の孫・伊藤孝光(落合モトキ)より田邊が“泥棒教授”だと聞かされる。どうやら田邊が新種として発表したトガクシソウは伊藤家が先に見つけたらしい。そしてそのことを田邊自身も気づいているようだ。
さて、ここまでが“田邊彰久のA面”である。A面があるということは当然B面もあるわけで、ここからは“田邊彰久のB面”も掘ってみたい。