朝ドラはどこまで“モデル”に忠実? 『らんまん』万太郎と寿恵子の“フラグ”を考える

『らんまん』の“フラグ”を考える

 『らんまん』(NHK総合)第14週「ホウライシダ」は万太郎(神木隆之介)が寿恵子(浜辺美波)と結婚し、いよいよ植物学者としての道を歩んで行くスタートライン。前途多難で、田邊教授(要潤)の圧力がかかるが、万太郎は持ち前の明るさと植物愛で前進していく。彼の背中を押すのは、久しぶりに訪ねて来た旧友・佑一郎(中村蒼)である。佑一郎はミシシッピ川の土木作業を行うためアメリカに渡るという。

 植物学と土木、お互い向かう道は違うが、佑一郎の志の高さに万太郎は刺激を受ける。佑一郎は、少年のとき故郷の仁淀川を見て川と人間の共生について考えたことを大人になっても忘れず、人生の仕事にしている。仁淀川からミシシッピ川とその道は大きくなっている。

 目標をもった万太郎と佑一郎の前に果てしなく続く道を、風の気配で感じさせた演出(深川貴志)が秀逸だった。ロケができずスタジオ撮影になると、どうしても奥行きが出しにくい。閉鎖的で息苦しくなりがち。だからホームドラマになってしまうのだが、そこを、縁日の風鈴の屋台を置き、風鈴が鳴ることで、風の存在を想起させ、万太郎と佑一郎の視線の向こうに風が通り抜けていくことを感じさせた演出は朝ドラ屈指であろう。風が通り抜ける先に長い道を感じたのだ。この発想にはコロナ禍、室内の換気が提唱されたことも影響しているかもしれない。

 また、寿恵子のまつげの長さを観察する万太郎の視線を、寿恵子の瞳をアップにしてまつげのカールの美しさを視聴者にも実感させてくれたり、寿恵子の目線カメラでまばたきまで演出したりと、画にも凝っている。脚本の出来がいいから、演出も工夫しがいがあるのではないか。なかには脚本の弱さを演出でカバーする場合もあるのだが、『らんまん』の場合は前者ではないだろうか。演出しがいのある、伝えたいことが明確な脚本なのである。逆にいえば、ちょっと先が読めてしまうところもある。第14週は後半戦のはじまりらしく、これからの物語の予兆を感じさせた。

(左)槙野寿恵子役・浜辺美波、(右)槙野万太郎役・神木隆之介

 万太郎は以前からしきりに、自分の発見した植物の名づけにこだわっている。マルバマンネングサは万太郎が見つけたものの、マキシモヴィッチが学名をつけた。敬意をはらいマキノの名前をつけてもらい、それは万太郎にとって栄誉でもある(里中教授(いとうせいこう)や伊藤孝光(落合モトキ)にも注目されていた)が、万太郎はそれでは満足できない。だから、田邊に彼専属のプラントハンターになれと言われても承服しない。なんとしても、自分で新種の植物に名前をつけるにはどうしたらいいか考え続ける。

 一方、里中は、自分で勝手に植物に名前をつけ愛でているが、彼のその名前が正式に世界的に認定されているわけではない。でも彼はそれで満足しているようだ。里中は「間違いがあれば世界中の学者が協力して正していけばいい」「可憐な花をめぐって人間が争っているね」と万太郎に語る。田邊のことも悪者視しないで田邊なりの苦労を慮っている。

 利権とか名誉とかに興味のない里中のような人物こそ、理想的な、平和的な考え方をしていると思うのだが、万太郎はそこまで達観していない。家も学歴も興味なく、貧富の差も関係ない万太郎だが、愛した植物に自分が名前をつけてそれを残す、そこだけは譲れない。彼のこの執着の理由は、万太郎のモデルである牧野富太郎の人生を予習している視聴者には想像がつきやすい。目下、万太郎は植物の名付けができず苦悩しているが、モデルの牧野富太郎は数多くの植物に名前をつけるようになり、やがて妻の名前を、ある植物につけるのだ。

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