映画『BLUE GIANT』が体現したジャズの精神とは? 立川譲監督が語る“感情の乗せ方”

『BLUE GIANT』監督が語る制作秘話

 映画『BLUE GIANT』が公開されて以来、映画館で心に火を点けられた観客が増え続けている。作品が持つ“熱”は音に乗り空気を震わせ、私たち鑑賞者の心を揺さぶる。そうして熱が伝播するように、本作の存在は人から人へ伝わり、瞬く間に大反響を集めた。

 監督を務めたのは、『モブサイコ100』シリーズ、『デカダンス』、劇場版『名探偵コナン ゼロの執行人』の立川譲。そして作曲・演奏には上原ひろみをはじめ、馬場智章、石若駿と、プロのジャズプレーヤーが参加している。立川監督は自身を「音楽の素人だ」と語るが、制作時には作曲段階から意見を大量にぶつけていたと明かす。

 原作と並ぶほどの熱さを持つ本作は、どんな人たちによって、どのように生み出されたのか。そして改めて『BLUE GIANT』をアニメーション映画として作る意義はなんだったのか、立川監督に話を聞いた。

お笑い芸人と『BLUE GIANT』に共通する精神性

立川譲監督

ーー本作は公開後口コミが一気に広がり、観客からの熱量が高い感想が多く見られます。監督としてこの大反響に何を感じていますか?

立川譲(以下、立川):この原作は、企画段階で初めて手にしました。最初は、「(ジャズは)あまり知らないんだけどな」みたいな気持ちが正直ありました。それでも読み進めていくと、ジャズを中心に男たちのドラマを描いてはいるけど、別にジャズに限った話ではなく、ひたむきに頑張っている姿や、それぞれの意見のぶつかり合いで成長していくさまなど、結構普遍的な内容が詰まっている漫画だなと思いました。一つ一つのエピソードもすごく好きだし、キャラクターがぶつかる様子も良かった。これは自分が当初原作を手に取ったときに思ったように、「ジャズ苦手なんだけどな」っていうお客さんにも“届く”映画になりそうだなって思いました。

ーー自分を含め、まさしくそうしたジャズに詳しくない人からの肯定的なリアクションを耳にします。

立川:そして“ジャズの良さ”みたいなものも、自分が作っていく中ですごく感じる部分があったので、そういう要素も届くといいなと思っていました。口コミでそういう声を見ると、「やっぱり自分が最初に思ったことは外れてなかったかな」という気持ちになりますね。

2月17(金)公開|映画『BLUE GIANT』予告編

ーーそれと、本作はメインキャラクターの3人それぞれに共感するところがあります。

立川:この物語における彼らのような時間って、誰もが持っているものなのかもしれないです。自分の中でも忘れかけていた瞬間があるかもしれないし、いま何かに必死に頑張れていない人もいるかもしれない。だけど、人生のどこかの時代にはそういう瞬間がきっとあって、命を燃やして頑張っていた記憶があるんだと思います。そういった人間の根本的な生命力みたいな部分にフォーカスしているので、(観客に)届くのだと思います。SNSのコメントで著名人も結構声を上げてくれているのですが、印象的なのがお笑い芸人さんのコメントが多いんですよね。アドリブでその場その場で笑いを積み重ねていって、お客さんを沸かせて。たぶん自分が一番面白いと思っていないと、あれはできないことじゃないですか。そういうところで通じるものがあるんだろうなと思います。

ーー確かに、お笑い芸人と『BLUE GIANT』には共通点があるのかもしれませんね。

立川:ステージに立ってお客さんの前でパフォーマンスをする。それってお笑いのグループで『M-1グランプリ』優勝を目指す雰囲気に近いんだろうなと思います。この反応は全然予想していなくて意外だったんですけど、ふと考えてみると、お笑いをする中でもきっと「お前のアドリブつまんないよ」とか、「もっと自分をさらけ出せよ」「なに恥ずかしがってるんだ」みたいなやり取りをしているんだろうと思います(笑)。意外だったけれど、すごく納得できる要素だなと思います。

ーーステージに立っている人たちは特に共感ができると。

立川:加えて、キャラクターたちそれぞれのバックボーンが全く違っていて、お客さんが感情移入しやすいキャラクターが三者三様に揃っているのもポイントですよね。音楽未経験者はやっぱり玉田にかなり感情移入しやすいですし、大と雪祈もそれぞれ感情移入しやすいポイントを持っています。原作から既にそういうキャラクター性だったので、それをそのまま映像にしているだけですが、いろんな対象に届きやすいキャラクター性なんだろうなと思います。

楽曲制作では上原ひろみに何度も意見を伝えていた

ーー私が映画を観ていて感じたのは、彼らが鳴らす音そのものが感情を物語っていることでした。やはり演奏部分は一番こだわりがあったのでしょうか?

立川:そうですね。音の感情についてはこだわりました。

ーー作品を観ている段階から、どうやってこれほどの演奏を作り上げられたのかが気になっていました。まずは、監督自身の音楽のバックグラウンドについて教えていただきたいです。

立川:小学校の低学年ぐらいからピアノをやっていましたが、それは両親に習わされた類のものでした。父親と母親の出会いがハワイアンバンドのボーカルとギターの関係性なので、子どもにも音楽をやらせたいとなったんですよね。ですが、ピアノはやりたくなくなって辞めました。父親の影響でギターも少しやったりしたんですけど、それも舞台に立つとかそういうレベルまで全然行かずに辞めました。そこからずっと“演奏する”ことには縁がなくて、次が『BLUE GIANT』の監督をするためにサックス教室に行く、というのが最新ですね(笑)。

ーーどっぷり音楽に浸かっていた、とか全然そういうことではないんですね。

立川:全然です。むしろ暗い方ですね。

ーーそんな監督からみて、“音に感情を乗せる”とはどういうことだと解釈していますか?

立川:自分がアニメ制作をしているとき、描いていてそういうことを考えたりするんですよ。例えばカッコいい絵面があって「キマったな」と思っても、翌日見直したらすごく恥ずかしい気持ちになったりする場合がある。「なんで昨日の自分はこれを良いと思っていたんだろう?」みたいな。こんなことしてお客さんに過剰だと思われるんじゃないかとか、自分が恥ずかしいと思っているところを出せていないんじゃないかとか、日々の制作の中で内側をさらけ出せていないんじゃないかとか、本当に自分のやりたいことをやれてないんじゃないか、そんな自問自答を繰り返しています。ただ、やっぱり音楽ライブと圧倒的に違うのは、その場その場の瞬間の決断で決まっていくことですよね。音の運びもアドリブでやっている。日々の積み重ねが、ライブだと実際に出てくる。それが“感情の乗せ方”だと思います。

ーー本編でもそういうシーンがありましたよね。

立川:そして大は普段の練習でも常に感情を乗せていて、誰もいなくても俺が世界一かっこいいとか、世界一上手だと思って吹いている。その気持ちの込め方が音楽にすごく出ているんだろうなと認識しています。吹くたびに変わるような、そのときごとの細かい感情の差異までは分からないんですけど、「普段こういうふうに思って吹いてるんだろうな、それがすごく出ているんだろうな」というのはすごく伝わってくる。複雑な感情を伝えようとしていたわけじゃなくて、この3人のパーソナルな、大事な部分。「この瞬間はもう二度と来ないから死ぬ気でやろう」とか、「これは今一番最高で、この瞬間が一番いいから、永遠に続いてほしい」とか、「お客さんと一緒に遥か高いところに登って行きたい」とか、そういったことで刺さる部分があればいいかなと思って制作していました。

ーー今回、監督は演奏のディレクションもされていましたが、この演奏を作り上げるためにどのような工夫をしましたか?

立川:意見を言う役目は結構自分が担ってましたね。もちろん、周りを囲んでいるのは本当に一流と言われてる音楽家たちなんですが、逆に詳しくないからこそ意見を言えるような感じもあって。ピアノと作曲の上原ひろみさん、サックスの馬場智章さん、ドラムの石若駿さんの3人が話して出来上がったものだとしても、自分が受け取ったときに「これ一般のお客さんに届くかな?」とか、少しでも「?」が浮かんだら遠慮なく言うようにしていました(笑)。逆に、もし自分がジャズにすごく詳しくて、演奏経験もあったりしたら何も言えなかっただろうなと思います。本当に神のような人たちなので恐縮しちゃっていたと思うんですけど、わからないから、「それじゃあ伝わらないと思う」とか、「これじゃあ分かりづらいです」みたいにどんどん伝えていました。特に「FIRST NOTE」の作曲がそんな感じでしたね。

ーー監督も作曲から入られていたんですね。

立川:そうなんです。音楽の素人にたくさん注文されて、すごく大変だったと思います。原作の石塚真一先生とか担当編集者さんともそのようなやり取りをされていたので、上原さんは「100本ノックを受けてるようだ」って言っていました(笑)。

ーー作曲にもそんなやりとりがあったのは驚きです。

立川:むしろずっとやりとりしていましたね。

ーーメインの曲はすべてそのような感じで制作されたのですか?

立川:厳密に言うと「N.E.W.」は既に形になっていて、ほぼリテイクなしで決まりました。一番時間がかかったのが「FIRST NOTE」で、「WE WILL」はそこそこ早く仕上がりましたね。エンディングで流れる「BLUE GIANT」はレコーディング時に生まれた曲なんです。実際に上原さんが目の前で楽譜に音をパーって書いて、その後3人でそれを見て「演奏してみようか」みたいな感じで。演奏が終わればまた少し話して、ちゃちゃちゃっと直す、みたいなことをしたらああなった、という感じです。レコーディングとしてはまた録り直しているんですけど、ほぼ完成版に近い形でした。本当にジャズってそういう感じで、コードだけ決めて、あとメインテーマの2小節ぐらいがあれば曲ができちゃうんですよね。アドリブで曲が生まれる。作品がアドリブで生まれていく。それを目の前で見せてもらいました。

ーー映画『BLUE GIANT』用に作られた曲自体が、ジャズの精神を体現して作られたものだったんですね。それは熱いですね。

立川:熱いですよ(笑)。上原さんが楽譜を書いてる瞬間を逃すまいと思って動画を撮ったんですけど、すごいスピードで曲が生まれていて。楽譜上に黒丸をぱっぱっぱっと書いていく。本当にそうやって出来上がるんですよ。

ーーきっと頭の中で曲が流れてるんですね。

立川:そう、頭の中で流れてる曲をそのまま出してる感じ。あと絶対音感があるので、例えば効果音とか奥で流れてる「ヒューン」みたいな音が反響音で入ったとしたら、「それはシのフラットで今鳴らしてる曲と不協和音を起こしてるから階調を変えてほしい」みたいなリクエストが多々あって。全然分からないことばかりでした(笑)。

映画「BLUE GIANT」公開記念!上原ひろみ コメント動画

ーー逆に上原さんからの注文も難しいものになっていったんですね(笑)。

立川:たぶん世界の全部の音が「音階」として聞こえているんでしょうね。「さっき鳴った犬の鳴き声がミのフラットだから、ちょっと気になる」とかおっしゃっていました。

ーー原作だと、雪祈が作曲するシーンでは「俺たちのことを一発で伝える曲」を目指していましたが、そういう部分は意識しましたか?

立川:それでいうと、「N.E.W」はもうかなり形ができていたんですよね。たぶん一番“ジャズっぽい”曲だと思います。「FIRST NOTE」や「WE WILL」はこちらから結構注文を入れているんですが、ポップス寄りというか、一般の方に映画館を出た後に口ずさんでもらえるような感じにしました。

ーー私もめちゃくちゃ口ずさんでました(笑)。

立川:そうやって覚えやすい曲というか、楽器やってる人だとちょっと吹いてみたいなと思える曲にしたくて。そうやって作ってもらったので、その要素が入っていると思います。

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