『【推しの子】Mother and Children』は素晴らしい出来 劇場作品として傑出した濃い内容

『【推しの子】』劇場版の映画としての価値

 集英社の漫画作品を原作とした『【推しの子】』TVアニメ本放送が、4月12日よりスタートする。その放送に先駆け、第1話(90分拡大版)が、『【推しの子】Mother and Children』として公開。映画館のスクリーンに映し出されている。先日、同じく集英社の漫画原作のTVアニメ『「鬼滅の刃」 刀鍛冶の里編』第1話が、『ワールドツアー上映「鬼滅の刃」上弦集結、そして刀鍛冶の里へ』というタイトルで劇場上映されたのと同様の企画だ。

 『かぐや様は告らせたい〜天才たちの恋愛頭脳戦〜』などの作品で漫画家として活躍し、現在は漫画原作者の仕事に専念しているという赤坂アカ。そして『クズの本懐』などの漫画作品を手がけ、イラストレーターとしても活動している横槍メンゴ。この漫画家同士がタッグを組み、ファンタジックな設定でアイドルや双子の兄妹の成長を描きながら、芸能界を舞台にリアルな業界の課題を描くというのが、漫画『【推しの子】』である。この、見出しやインターネット掲示板などでよく使われる【】「すみつきかっこ」をタイトルで利用しているところが、現在(いま)を映し出したアグレッシブな内容だということを物語っている。

 さて、もうすぐ放送が始まるTVアニメ版の出来を占う意味でも注目が集まっていた、劇場作品『【推しの子】Mother and Children』の内容は、果たしてどうだったのか。映画としての存在価値や、原作との対比も含め、この現象そのものを、まとめて批評していきたい。

 物語に登場するのは、輝くような才能を持ちながら、未だ大きなブレイクを果たせていないアイドル、星野アイ。その名の通り、彼女の目(Eye)には大きな星の輝きが映し出されていて、まさに「ビッグスター」になる素質を持っていることが表現されている。

 瞳に描く星といえば、少女画の高橋真琴らがパイオニアだが、その誇張された光の表現が、数々のクリエイターに受け継がれながら、現在まで発展を繰り返し、少女漫画やアニメ文化を通した先に辿り着いたのが、作品自体を象徴する瞳の星の形であることは、ある意味で感慨深いところがある。アニメ版では、それがさらに精細に、銀河を従えた一等星のように描かれている。劇場での鑑賞では、それがスクリーンに大きく映し出されるのだから、なおさら印象的である。

 しかし同時に本作は、そんな輝かしい「アイドル」という存在は、嘘で塗り固められたものとしても提示されている。物語の始めに田舎の病院の診察室に訪れた星野アイは、誰かの子を妊娠した状態なのである。

 周知の通り、日本において「アイドル」は、ファンを第一に愛し、特定の恋愛対象を持たない存在として売り出されている場合が多い。プライベートで誰かと恋愛をしたりせず、ましてや性的な交渉を持ったりなどもあり得ず、果てはトイレに排泄にも行かない状態の、非人間的な存在になりきり、ファンの幻想を叶えることが求められるケースさえある。場合によっては、芸能事務所から「恋愛禁止令」が出されていることをファンに向け告知している場合もある。

 だが当然のことながら、アイドル個人は生物学的には普通の人間だ。人並みにトイレに行くし、隠れて密かに恋愛を楽しんでいる場合もある。現実にも、「恋愛禁止令」を破ったことが明らかになった、あるアイドルグループの一員が、髪の毛を短く刈って泣きながらYouTubeで謝罪する状況に追い込まれたことで、議論を呼んだことがあった。たとえ事務所と所属タレントが何らかの契約を結んでいたとしても、事務所が個人の私生活を束縛していれば、人権問題に発展しかねない。

 星野アイをアイドル幻想をぶち壊しながら登場させたというのは、そんな状況を生むアイドル文化への、原作者の問題意識の投影でもあるだろうし、そういった文化に疑問を感じていない者への自覚的な挑発の意味があるのだと思える。

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