三宅唱×岸井ゆきの「気持ちのいい映画」のために “目を澄ませて”見えた新境地

三宅唱×岸井ゆきの、目を澄ませて見えたこと

ボクシングと手話を通して見えてきたもの

――確かに。今の話にもあったように、クランクインする前から、手話とボクシングのトレーニングは始まっていて……そこには、三宅監督も参加されていたようですが、それを通して見えてきたものって何かありましたか?

三宅:実際にボクシングをやるまでは、パンチをもらうのが怖いと思っていましたが、パンチを当てるのも怖いと感じたことが、僕にとってはまず印象的な経験でした。相手にパンチを当てさせてもらう、あるいは受けるためには、相手のことを信頼し合って、お互いに身体を開かなければ、ボクシングというルールに則ったスポーツは成立しないんだなということがわかって。ものすごいリスペクトが、その前提にあるんですよね。言い方を変えると、ボクシングを通して、ある近い距離感、パンチが届くような距離において信頼し合うことを学べたし、率直に言って、それはものすごく気持ちのいいことだなと思いました。

――なるほど。

三宅:手話を学ぶ際にも似たことを感じました。やはり最初は躊躇しました。相手に身体を開いて、目を離さずにコミュニケーションを取るわけですが、ついつい習慣で目を逸らしてしまったり。岸井さんと、この距離で向き合ったり、見つめ合うっていうことは、おっかないし、照れくさいし、同じように相手からも見られているというのも恥ずかしいし。でも岸井さんも、ボクシングのトレーナーでもある松浦(慎一郎)さんも、手話指導をしてくださった東京都聴覚障害者連盟の越智(大輔)さん、堀(康子)さん、手話あいらんどの南(瑠霞)さんたちも、こんなわけのわからん三宅という男に対して身体を開いてくれて、正面を向いてくれて、コミュニケーションを取ってくれたので、「人を信頼したり、この距離でいることって楽しいんだな」っていうことを学ばせていただきました。そういうふうに生きている人たちに、今回の作品を通じて、すごくたくさん出会えたので、そういう映画を作りたいと思って……。

――というと?

三宅:小笠原さんみたいな映画、岸井さんみたいな映画、松浦さんみたいな映画、あと「会長」を演じてくれた三浦友和さんみたいな映画、関わってくれた手話指導の方々みたいな映画を作りたい、そういう気持ちのいい人たちのような、気持ちのいい映画を作りたいと思っていました。

――岸井さんは、いかがでしたか? 監督も一緒にトレーニングするというのは、結構珍しい気もしますけど。

岸井:そうなんですよ。

三宅:邪魔でした?

岸井:いやいや(笑)。ホントにいてくださってありがたかったですし、クランクインする前に、監督とこれほどいろいろなことを一緒に経験するのは、ホント稀なことで。

三宅:大晦日や、クランクインの前日も練習しましたね。僕自身は映画に出るわけではないので別にトレーニングする必要はないと思うんですけど、一応、毎回ジャージに着替えて。そうじゃないと、岸井さんの目が怖い。僕が腹筋とかをちょっとさぼると、見逃してくれない。

岸井:「え、何でやんないんですか?」って(笑)。

三宅:「や、腰がきついんですよ」みたいな(笑)。

――(笑)。そういった共通体験を経て臨んだ現場は、やっぱり違うというか。先ほどの三宅監督の話ではないですが、他者と真正面から向き合うなど、「見る」ことの解像度を上げてから、実際の撮影に臨んだところもあったんじゃないですか?

岸井:そうですね。手話とボクシングのトレーニングを通じて、ホントにいろんなこと学んで。この映画って、やっぱり手を使う映画じゃないですか。手話もボクシングも、どちらも手を使うわけで。

三宅:あと、目もね。というか、全身なのかな? ただ、そういうボクシングと手話の共通点みたいなものを、僕はつい取材の場でしゃべり過ぎているのかもしれないです。あくまでも「映画表現」というフィルターを通すことによって見えてきたのが、そういう共通点だったということに過ぎません、ということを念のためここで言わせてください。

――いずれにせよ、要は相手をしっかり「見る」ということだと思っていて……それは人と人の関わりにおいて、すごく基本的なことであるにもかかわらず、ちょっとおざなりにしてきたところがあるというか。

三宅:スタッフ同士も当然マスクをしていますから、相手の目を頼りに、映画をつくっていました。そういう時代的な要素も、もしかするとこのタイトルに集約したかなとは思います。

――『ケイコ 目を澄ませて』の「目を澄ませて」の部分ですね。それは、この映画を観る側も同じであって……ボクシングや手話を通じて「見る」ことの解像度が上がっていく感覚がありました。あと、面白いもので、それと同時に耳の解像度も上がってくるというか、この映画は「見る」映画であると同時に「音」の映画でもありますよね。

三宅:僕が「聴者」としてこの題材を扱うと決めた以上、そこから出発するしかないと思ったんですよね。僕は生まれたときから耳が聞こえて……というか、今回の映画を作るにあたって、いろいろ取材をさせていただく中で、そこで恥ずかしながら、初めて「あ、自分は耳が聞こえるんだ」ということを意識しました。と同時に今、目の前にいる人が、果たして自分と同じ音を聞こえているかどうかわからない、ということが立ち上がる。ろうや難聴といっても、人によってさまざまなレベルがあるので、その人がどれくらいの聞こえ方をしているのかは他人からは完全にわかることはできないと思うのですが。

――三宅監督は、東京国際映画祭のQ&Aでも「非当事者としての当事者性」ということをおっしゃっていて。単に「当事者/非当事者」で片づけるのではなく、「非当事者」であるという「当事者性」にもっと敏感になっていかないと、そこには「断絶」しか生まれないという。

三宅:「雇用機会の均等」については「当事者/非当事者」というのは重要な点だと思いますし、極めて現実的で切実な問題です。それと同じタイミングで、映画表現や俳優とは何かという本質論を語るのは、あまり得策ではないと思いつつも……試しに、少しだけ話してみますね。芸術を仮に2つに分けてみます。自己表現としての芸術と、他者を理解するための芸術と分けてみる。ここで、俳優という存在はそのボーダーにいると思うんです。だから面白いし、謎めいていると思うんです。また、では映画作りというのは果たして自己表現なのか、それとも他者を理解しようとする方法の実践なのか……。あくまで仮の問いですし、別に何が正解かというのはないと思うんです。僕は、これが仕事なので「映画って何だっけ?」「役者って何だっけ?」ということを僕なりに考えていますが、みなさんも、もしそういうところに興味があるのであれば、それぞれ……正解を探したりとか、正解を誰かに求めたりとか、あるいは他人の考えに対して「正解/不正解」と言わずして、自分は何がいちばん納得できるのかということを、じっくり考え続けられる、考え直し続けられることができたらいいなあと思っています。すいません、ちょっと慎重な物言いになりました。

岸井「自分はどうだろうって思えるような映画にしたかった」

――いえいえ、ありがとうございます。今の話にもあったように、この『ケイコ 目を澄ませて』という映画は、最初の入り口こそボクシングであり聴覚障害ですが、観たあとに感じるものは、さらにその先にあるというか、より本質的なところであるように個人的には思いました。では最後、そんな本作に寄せて、何かひと言ずつメッセージを。

岸井:やっぱり、映画館で観てもらいたいっていうのがひとつ、願望としてあって。それは、この映画を作った私たちみんなの願いだと思います。で、この映画の中で、私は耳の聞こえないボクサーを演じていますけど、要は生まれ持った身体と性質で、どう生きるかっていうことを描いた映画だと、私は思っていて。「ケイコは、こう生きる」「あなたは、どう?」というか、そうやって自分はどうだろうって思えるような映画にしたかったし、実際そういう映画になっていると思うんです。なので、もし仮に、この映画をボクシング映画だと思って、自分はボクシングに興味がないからって敬遠するような人がいるのだとしたら、そんなことは全然なくて。ボクシングを通していますけど、この映画は、ケイコの日常というか、東京の隅っこで、この小さな女性がどうやって生きているのか、そういうところにフォーカスを当てた映画になっていて……。

――彼女が、どういう関係性の中で、このコロナ禍の情況を生きているのかという。

岸井:はい。なので、彼女が、どう生きているのかっていうことを、是非スクリーンで体験していただきたいなと思っているし、きっとこの映画を観たあと、景色の感じ方が変わると思います。

ケイコ

――三宅監督は、いかがですか?

三宅:岸井さんが今おっしゃってくださったように、やっぱり映画館で観ていただいて、言葉にしてもらえたら嬉しいですよね。たとえば「岸井さん、カッコいいよ」とか「すごくない?」みたいな。

岸井:(笑)。

三宅:「映画、やばい」とか「映画、すごい」、「映画館ってすごい」でもいいですし。とにかく、一度この映画を体験してもらえると嬉しいなって思っています。

■公開情報
『ケイコ 目を澄ませて』
全国公開中
出演:岸井ゆきの、三浦誠己、松浦慎一郎、佐藤緋美、中原ナナ、足立智充、清水優、丈太郎、安光隆太郎、渡辺真起子、中村優子、中島ひろ子、仙道敦子、三浦友和
監督:三宅唱
脚本:三宅唱、酒井雅秋
原案:小笠原恵子『負けないで!』(創出版)
制作プロダクション:ザフール
配給:ハピネットファントム・スタジオ
2022年/カラー/ヨーロピアンビスタ/5.1ch/99分
©2022 映画「ケイコ 目を澄ませて」製作委員会/COMME DES CINEMAS
公式サイト:https://happinet-phantom.com/keiko-movie/
公式Twitter:@movie_keiko

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