『すずめの戸締まり』に新海誠が込めた切実な思い “生きる意味”の問いに応える一作に
美しい自然の理不尽、自然を美しいと思う人の理不尽
『すずめの戸締まり』には、すでに破壊された、あるいは打ち捨てられた廃墟がいくつか登場する。かつてそこは賑わいのある景観だったのだろうと思わせるそれらの廃墟は、日本列島の中で「忘れられた土地」として描かれる。
前2作では、破壊される町や都市が直接描かれた。そこには、ある種の「破壊のカタルシス」が物語の中で作用していた。『シン・ゴジラ』のような怪獣映画が優れた社会性を持つと同時に、エンターテインメントとして面白いのはこの破壊のカタルシスが存分にあることにも理由がある。
本作の場合、すでに破壊された後の景観がたくさん出てくる。そこにはカタルシスよりも寂寥感が漂う。それらの失われた景観はどうにも取り戻すことが難しいのだが、日本全国にそのような場所がたくさん存在してしまっていることを、この映画は示唆している。
新海監督はそういう廃墟にも一種の美しさを見出しているように思う。廃墟の写真集などを観たことがある人なら、わかる感覚かもしれないが、廃墟は廃墟で景観としての魅力がある。本作はそこをエンターテインメントとして活用している。「破壊のカタルシス」ならぬ「破壊後のカタルシス」とでも言おうか。
新海監督は恐ろしい自然であっても美しく描いてしまう。恐ろしいものを恐ろしく、美しいものを美しいという単純に区分していないのだ。『君の名は。』のティアマト彗星はまばゆいばかりに輝いていた。ハリウッド映画なら、地球に落下してくる彗星はもっと燃え滾っていて、いかにも終末をもたらしそうなものとして描くことが多いが、『君の名は。』では東京にいる瀧が目を輝かせて見上げるような対象なのだ。
新海監督は、本作の記者会見で「震災直後、それでも冷酷冷徹に桜が咲くことに心底驚いた。我々には無関心な自然の鋭利な美しさを、エンタテインメントとして映画にするなら、こういう形なんじゃないかと考えた」(※)と語っている。その姿勢はすでに『君の名は。』時点でも発揮されていた。本作においてもその姿勢は継承されている。
津波は東北沿岸部の風景を押し流してしまった。だが、それは新しい景観を生んだとも言える。その新しい光景にも美しさを感じる瞬間があることを(あるいはそう感じてしまう人がいることを)、本作は「冷酷冷徹」に見せつけている。
美しいものが命を奪う理不尽、そして、命が奪い去られた景色に美しさを感じる人の心の理不尽。本作にはその両方が描かれているのだ。
忘却から思い出しへ
そうした光景を美しいと感じることは罪だろうか。それはわからない。
美しいと感じるだけに終わらず、そこにかつて人が生きていたことを忘却するべきではないと本作は伝えている。
新海誠は、これまで忘却や喪失感を描いてきた作家でもある。『君の名は。』について、災害をなかったことにしていると批判されたことが、その後の創作の原動力になっている部分があるようだが、その批判に応答するかのように、本作は忘却から思い出しの物語へと転じている。
主人公の鈴芽(すずめ)は何か大切なことを記憶の底に閉じ込めている。彼女の旅はそれを思い出すためのものでもある。彼女の旅を目撃する観客も、神戸や東京、そしてさらに北へと続く彼女の旅の中で震災の記憶を思い出していくだろう。
正直、それはとてもつらいことだ。こんなつらさを抱えて人は生きていけるのだろうか。
この映画は力強く「できる」と断言している。世界の理不尽を受け止め、喪失を忘れないまま1分、1秒でも豊かに長くこの世界に生きていたいと思わせる力が、この映画にはある。
自然の美しさと恐ろしさは表裏一体だ。日本列島に生きるということは、その恐ろしさと隣り合って生きるということだ。そうやって、ずっと昔から、人はこの島国で生きてきたのだ。今も、昔も、これからも、私たちはそうやって生きていくのである。
参照
https://eiga.com/news/20221025/20/
■公開情報
『すずめの戸締まり』
全国公開中
原作・脚本・監督:新海誠
出演:原菜乃華、松村北斗、深津絵里、染谷将太、伊藤沙莉、花瀬琴音、花澤香菜、松本白鸚
キャラクターデザイン:田中将賀
作画監督:土屋堅一
美術監督:丹治匠
音楽:RADWIMPS、陣内一真
主題歌:「すずめ feat.十明」RADWIMPS
制作:コミックス・ウェーブ・フィルム
制作プロデュース:STORY inc.
配給:東宝
©︎2022「すずめの戸締まり」製作委員会
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