『スパイダーマン』だけじゃない ウィレム・デフォーの怪演の数々を振り返る
どんな映画であっても、またごくわずかな出番であっても、一度見たら忘れられないようなインパクトを放つ稀代の怪優ウィレム・デフォー。彼の出演作といえば真っ先に思い浮かべるのは、ベテラン映画ファンであれば『プラトーン』か『今そこにある危機』か。30代ぐらいの世代であれば『処刑人』のインパクトも忘れがたく、挙げていけばきりがない。けれどもやはり、『スパイダーマン』でのグリーン・ゴブリン役は格別であった。娯楽性の強い作品でこそ活きる“悪役”としてのイメージと、そこに必要なキャラクターの二面性をしっかりと体現し、トビー・マグワイアをはじめとした若手のメインキャスト陣と絶妙なコントラストを生む。その風格は、同作をこの上ない傑作に押し上げたといっても過言ではない。
現在公開されている『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』では、そんなグリーン・ゴブリンをはじめとした過去の『スパイダーマン』映画――サム・ライミ版と『アメイジング・スパイダーマン』シリーズの計5作――に登場した悪役たちが、キャスティングもそのままにシリーズの垣根を超えて集結する。近年ではすっかりMCUもX-MENもDCも、ヒーロー側も悪役側もキャストにオスカー経験者がずらりと揃うようになったわけだが、つい15年ぐらいまではアメコミ映画におけるキャスティングの妙味はどちらかといえば悪役のほうであったように思える。
グリーン・ゴブリンのデフォーは初出演時点でオスカー候補が2回。エレクトロ役のジェイミー・フォックスはオスカー俳優だし、サンドマン役のトーマス・ヘイデン・チャーチもオスカー候補にあがったことがある。ドクター・オクトパス役のアルフレッド・モリーナとリザード役のリス・エヴァンスは英国の名バイプレイヤー。彼らが悪役に回るということは、それぞれの作品の公開当時からかなり大きな話題を集めていたわけだが、いざ同じ画面の中に集まれば華々しさこそ控えめではあるが想像以上に眼福である。しかも彼らを含めて“次元”を超えてやってくるキャラクターたちが単なるゲスト出演ではなく物語を動かす役割をしっかりと果たしているのだから、『ノー・ウェイ・ホーム』の魅力は尽きることはない。
そんななかで最もブランクが長いのがデフォー演じるグリーン・ゴブリンことノーマン・オズボーンであろう。御年66歳。でもなぜか『スパイダーマン』から20年も経つのに老け込んだ印象もまるでなく、劇中ではしっかりとアクションシーンに挑むというバイタリティの高さを見せつけてくれる。自己の中で沸き出る善と悪のせめぎ合いに苦悩し、そして呆気ないほど“悪”であるグリーン・ゴブリンに呑み込まれてしまう“善”であるノーマンの弱さを体現。コミック的な単純明快な絶対悪ではない複雑で二面的な悪役像は、自ずと観客の感情さえも呑み込んでいくのである。
改めてデフォーのフィルモグラフィを振り返ってみれば、実質的なデビュー作となったのがマイケル・チミノの『天国の門』で、しかも出演シーンはカットされてしまっているのだからなかなか波乱に満ちたキャリアの滑り出しだ。その後キャスリン・ビグローの『ラブレス』を経て前述の『プラトーン』でオスカー候補になると、出演作が急増し、そこからはコンスタントにそれなりの大きさの出演作が並ぶ。マーティン・スコセッシの『最後の誘惑』という問題作に、違う意味で問題作だった『BODY/ボディ』や、アート色が強いヴィム・ヴェンダースの『時の翼にのって』。ひいては90年代のオスカー受賞作の中でも格式高い雰囲気を放つ文芸ロマン『イングリッシュ・ペイシェント』があり、大ヒットアクションの続編である『スピード2』と、なんともバラエティに富んでいる。
この『スピード2』あたりから強面を活かした“悪役”のイメージが根付きはじめていたわけで、それが後の『スパイダーマン』へとつながったとの見方もできよう。近年でもウェス・アンダーソン作品の『グランド・ブダペスト・ホテル』での冷酷な探偵であったり、『ファンタスティック Mr.FOX』では主人公のライバル格のキャラクターとして声の演技でも悪役を務めたり。その極めつきはNetflix版の『Death Note/デスノート』でのリューク役であろう。もちろんその“悪役”イメージは“狂人”としてのキャラクターにも応用されやすい。昨年日本でも公開された『ライトハウス』のようなパターンや、アカデミー賞候補になった『永遠の門 ゴッホの見た未来』でのゴッホ役のようなパターンと、ひとくちで“狂人”と形容できても一極化しないのは流石である。