『メイドの手帖』『さよなら、私のロンリー』 女性たちの解放を描いた新たなナラティヴ

『メイドの手帖』が描いた認知できない暴力

 この秋はNetflixで配信された韓国産TVシリーズ『イカゲーム』が世界的な大旋風を巻き起こしたが、驚かされたのは視聴ランキングでその後ろにつける『メイドの手帖』の存在だった。夫からのDVと貧困に苦しみながら、メイド(掃除)の日銭で幼い娘を育て、作家となったステファニー・ランドの実体験に基づく同名小説が原作。Netflixがこれまで配信してきた朗らかなエンパワメント・バラエティとは異なり、過酷な現実を直視するハードなTVシリーズだ。

 深夜、アレックス(マーガレット・クアリー)は夫が寝入ったのを確認すると2歳になる娘マデイを抱いて着の身着のままトレーラーハウスを後にする。夫のショーン(ニック・ロビンソン)はアレックスの妊娠を知ってからというもの豹変。事ある毎に彼女を罵り、家財を破壊し、酒に溺れて養育を放棄し続けた。アレックスは福祉の支援を求めるが、ショーンから直接的な暴力を振られていない事を理由に助けを得ることができない。行政が定義するところの“暴力”でなければDVとは認められないのだ。

 社会が認知できない(認知しようとしない)暴力というテーマは今年、相次いだ。『プロミシング・ヤング・ウーマン』は物語の中心となる“過去の事件”を描写することなく、復讐者と制裁を受ける人々の落差に社会の認知の歪みを炙り出した。この作品のエグゼクティブ・プロデューサーがマーゴット・ロビーであり、『メイドの手帖』も彼女が製作を手掛けている。自身は『ザ・スーサイド・スクワッド “極”悪党、集結』で大暴れしながら、映画製作者として気骨のある作品選びだ。

 いくつもの書類審査を経て、ようやくシェルターに身を寄せたアレックスは娘の監護権を得るため職に就かなければならない。ドラマは現場を掛け持ちするアレックスのメイド仕事と娘の育児、そして精神疾患を抱えた母との関係を追い立てられるように演出し、ワーキングプアの切迫した日常を描出していく。わずかな収入を得てもそれは生活必需品に消え、即座にマイナスへ転じる。アレックスの“暗算”が画面に現れるシーンは日々切り詰めた生活をする者にとってあまりに切実だ。ドラマの印象はイギリスの社会派監督ケン・ローチの映画に近く、ローチが2度目のカンヌ映画祭パルムドールを受賞した2016年作『わたしは、ダニエル・ブレイク』にもワーキングプアのシングルマザーが登場した。行政が国民をふるいにかけることで福祉から遠のけ、生活保護を受けることに罪悪感を抱かせる。カンヌは以後、貧困と格差がグローバルイシューとなる時代に是枝裕和の『万引き家族』、ポン・ジュノの『パラサイト』を最高賞に選出。それらはアメリカ映画やTVシリーズにも影響を与えていく。

 貧困はアレックスの尊厳を幾度となく傷つけ、次第に彼女を自己嫌悪のどん底へと突き落としていく。そんな彼女を救ったのが“書く”ことだった。メイド仕事で各家を転々としながら彼女は家主の人生を観察し、それは多様で複雑な人間洞察のエッセイへと結実していく。書くという“声”を手に入れた彼女は苦難の末、自己実現していくのだ。

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