『キリング・イヴ』が多数の映画にもたらす影響 『007』『最後の決闘裁判』から紐解く

『キリング・イヴ』の映画シーンへの影響力

 注目作にあわせて出演者やスタッフの関連作を予習、復習するのも映画ファンの楽しみの1つだろう。2018年からBBCアメリカで放映され、日本ではU-NEXTで配信中のTVシリーズ『キリング・イヴ』は今年公開された多くの映画に影響を与えている重要な1本だ。

 MI-5の情報分析官イヴ・ポラストリ(サンドラ・オー)は世界中で続発している要人殺害事件が1人の女暗殺者によるものである事を突き止める。一方、謎の組織トゥエルヴに雇われている殺し屋ヴィラネル(ジョディ・カマー)は自身を追うイヴの存在に気づき、やがて2人は追う者と追われる者の立場を超えて互いに異常な執着心を抱き始めていく。

 あらすじを聞く限りではこれまで何度も作られてきた“捜査官VS殺人鬼”のスリラーものに思えるが、『キリング・イヴ』にはいくつものユニークなツイストが加えられている。第1シーズンのショーランナーを務めるのはフィービー・ウォーラー=ブリッジ。脚本、主演を務めたひとり舞台『フリーバッグ』で注目を集め、この作品は後にTVシリーズ版も製作されてエミー賞を席巻した。30代独身女性のセックスと孤独についてのあっけらかんとした独白は、何者にも縛られず自身の欲求を隠そうとしない『キリング・イヴ』のヒロイン像に結びついていく。とりわけジョディ・カマーが演じるヴィラネルは破格のキャラクターだ。相手の目から生気が消える瞬間を楽しむ冷酷な殺人鬼であり、殺しの報酬で得たハイブランドの洋服に身を包んでヨーロッパの街を闊歩する。組織には属すが何者にも従わず、アナーキーな彼女が殺せば殺すほど観ているこちらは胸がすく。レクター博士と並ぶカリスマ的なサイコパス殺人鬼であり、今後多くのエピゴーネンを生む事になるだろう。

 この『フリーバッグ』『キリング・イヴ』を見たダニエル・クレイグは、ジェームズ・ボンド卒業作『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』のリライトにウォーラー=ブリッジを抜擢する。007就任前は知る人ぞ知る個性派俳優だったクレイグだけに、ウォーラー=ブリッジに目を留めたのは大いに納得だ。彼女がどれだけ書き直したかは証言者によって異なるが、新米スパイのパロマを演じたアナ・デ・アルマスは自身の役柄が全てウォーラー=ブリッジの手によるものと発言している。なるほど、シリーズ最長163分という長尺の『ノー・タイム・トゥ・ダイ』はユーモアの欠如が致命的な仕上がりだが、デ・アルマスの登場するキューバのシークエンスには007らしい軽快さがあり、楽しかった。「今日が初任務なの」と初々しいパロマが飲酒も戦闘能力もボンドを上回り、ベッドインする事もなく「私ここまでだからね」と去っていく姿には007シリーズを愛しながら、新しいボンドガール像を作り上げようとするウォーラー=ブリッジの試みが感じられた。

『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』(c)2021 DANJAQ, LLC AND MGM. ALL RIGHTS RESERVED.

 『キリング・イヴ』はシーズン毎にショーランナーを交代し、第2期は『プロミシング・ヤング・ウーマン』のエメラルド・フェネルが担当している。今になって振り返ると、シーズン2には『プロミシング〜』の“予行練習”と思える箇所が少なくない。ウォーラー=ブリッジから引き継いだサスペンス・コメディのタッチにドライブがかかり、ジャンルは監禁スリラーからラブコメディまで縦横無尽。イヴを想って涙に暮れるヴィラネルのテーマ曲は『プロミシング〜』でもエンディングに使われたジュース・ニュートンの「夜明けの天使」だ。シーズン2でヴィラネルはフリーランスの殺し屋に転身しており、ターゲットは“有害な男”たちばかりに変わる。キャリー・マリガンが夜な夜な“コスプレ”して男どもに制裁を与えていたように、ヴィラネルも殺しの仕事ごとに変装してはターゲットに接近。これまで文芸映画のイメージが強かったマリガンの怪演は、まさに“ヴィラネル化”した結果だったのだ。

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