『メイドの手帖』『さよなら、私のロンリー』 女性たちの解放を描いた新たなナラティヴ

『メイドの手帖』が描いた認知できない暴力

 9月にはミランダ・ジュライの新作『さよなら、私のロンリー』がひっそりと配信されていた。出演はエヴァン・レイチェル・ウッド、ジーナ・ロドリゲス、リチャード・ジェンキンス、デヴラ・ウィンガー。ひと昔前なら渋谷あたりのミニシアターで観ることのできたタイプの映画だが、今は特に宣伝もなくネットに放出され、楽しみにしていたファンも原題『Kajillionaire』から離れた邦題に気付けないのではないか。

 冒頭、エヴァン・レイチェル・ウッド演じる主人公オールド・ドリオが盗みを働く場面から映画は始まる。まるでダンスのような動きで防犯カメラをかいくぐっていく姿はユーモラスだが、これは『万引き家族』でリリー・フランキーが子供に万引きを指南する場面と同じ意味合いがある。オールド・ドリオは幼い頃から両親に盗みや詐欺を仕込まれ、今やその実行役を担わされているのだ。オールド・ドリオという奇妙な名前の由来は宝くじに当選したホームレスにあやかっており、彼女がいかに両親から愛されずに育ったのかよくわかる。ウッドはオールド・ドリオの自閉した人間性を繊細に演じており、中でもその低い声色が印象的だ。

 エヴァン・レイチェル・ウッドは1998年に11歳で映画デビュー。その後、天才子役として『サーティーン』など話題作に出演していく。2007年には19歳年上のマリリン・マンソンと交際し、婚約が報じられたが後に破局。今年、ウッドはマンソンから長年に渡る精神的虐待、洗脳を受けていたと告白しており、他にも複数の女性が同様の被害を訴えている。マンソンとの交際もあってか、はたまた子役から大人の俳優へのキャリアチェンジに苦労したのか20代は低迷した。

 そんな彼女のキャリアを再浮上させたのが2016年からHBOで放送されているTVシリーズ『ウエストワールド』だ。マイケル・クライトンによるパニックSFを、ジョナサン・ノーランとリサ・ジョイが自由意志と実存についての複雑怪奇な大作へと仕立てた。ここでウッド演じるのが“牧場主の清純な娘”という役割を当てられたアンドロイド、ドロレスだ。

『ウエストワールド シーズン3』

 ウッドの声色に注目してほしい。時に来園者のロマンスの相手となり、時に慰み者として凌辱されるドロレスの声は可愛らしい高音だ。しかしシステムから解放され、“西部の無法者”と恐れられた人格を手に入れるとそれは低い声色に代わり、ドロレスは人類に対して反旗を翻していく。実はこの低音こそが彼女の地声なのだという。『ウエストワールド』の大ヒットによりスターパワーを手に入れた彼女は以後、性暴力のサバイバーとして、バイセクシャルとして発信し、自身の声で演じるようになっていく。

 『さよなら、私のロンリー』にはそんなウッドのキャリアが重なって見える。両親の洗脳によって自己肯定感を奪われてきたオールド・ドリオが、ある女性との出会いによって解放されていく。劇中、重要なモチーフとして“ブレスト・クロール”が登場する。生まれたばかりの赤子が母親のお腹の上に置かれると、無意識のまま乳房を探り当てるというそれが、愛を知らないオールド・ドリオの不格好ながら胸をつく告白に繋がるのだ。

 2010年代後半、人種や性の人権問題が見直され始めて以後、映画やTVシリーズは新たなナラティヴを獲得していくことになる。近年は精神や肉体の自由を奪われた女性たちの解放を描いた作品が相次ぎ、その手法やストーリーテリングの豊かさに驚かされた。『メイドの手帖』の終幕には(字幕には訳されていないが)こんなセリフが出てくる。

「おまえが輝いて見えるのはオレの幻覚か?」
「ううん、あたし輝いてる」

■配信情報
『メイドの手帖』
Netflixにて配信中
原作:ステファニー・ランド
製作総指揮:モリー・スミス・メッツラーマーゴット・ロビージョン・ウェルズエリン・ジョントウトム・アカーリー
監督:ジョン・ウェルズ
脚本:モリー・スミス・メッツラー
出演:マーガレット・クアリー、ニック・ロビンソン、アニカ・ノニ・ローズ、トレーシー・ヴィラール、ビリー・バーク、アンディマクダウェル

『さよなら、私のロンリー』
Amazon Prime videoにて配信中
監督:ミランダ・ジュライ
出演:エヴァン・レイチェル・ウッド、ジーナ・ロドリゲス、デブラ・ウィンガー

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