『ブルーピリオド』で重要な役割を担う吉田玲子 アニメ演出家も絶賛するその作家性と技術

 高校生の美術との出会いを題材にした、同名原作漫画のTVアニメ化作品『ブルーピリオド』が現在放送中だ。とりわけ話題を集めているのは、将来が決まる岐路に立った若者たちの繊細な感情が、リアリティをもって観る者に迫ってくるところ。そんなシリーズで重要な役割を担っているのが、シリーズ構成と脚本を務める、吉田玲子である。

 ここでは、そんな『ブルーピリオド』を中心に、いまや日本のアニメーション界に欠かせない存在といえる吉田玲子の作家性と技術、そして、彼女が本シリーズを手がけた意味を、実際に吉田と仕事をした現役アニメ演出家の声を紹介しながら考えていきたい。

 『ブルーピリオド』の主人公は、美術の制作に目覚めた男子高校生・矢口八虎(やぐちやとら)。頭脳明晰で周囲に気を配ることがうまく、これまで順調に学生生活を送ってきたが、何か足りないものを感じていた矢口は、絵を描くことを通して自己表現の楽しさに気づき、本格的な制作について未経験の状態から、難関・東京藝術大学油画科への入学を目指して奮闘することとなる。

 目を見張るのは、矢口をはじめとした登場人物たちの内面表現だ。将来的に不安定な道を選んだ悩みや、思うような表現ができない苛立ちに、リアルな切迫感がある。そこで光っているのが、原作の持ち味を活かした脚本だ。

 『デジモンアドベンチャー』シリーズ、『映画 聲の形』、『夜明け告げるルーのうた』 、『若おかみは小学生!』などの劇場アニメ、『おジャ魔女どれみ』シリーズ、 『おじゃる丸』、『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』などのTVアニメの脚本を中心に、数多くの作品を手がけてきた吉田玲子の脚本は、アニメ業界からも評価が高い。過去に二度、吉田玲子の脚本で演出した経験のある、アニメ演出家の中山奈緒美氏は、吉田脚本は特別なものだと語る。

「吉田さんの脚本は、他の多くの脚本と比べると、簡潔でシンプルという印象を持っています。しかし、言葉が示すイメージがとても明確で、絵コンテに起こしやすい。一つひとつの描写に“曖昧さ”がないので、ただオーソドックスに演出したとしても成立するほどの完成度の高さを感じます。演出を務めて、多くの点で考え抜かれていることに驚きました」

 アニメ作品『ブルーピリオド』を原作漫画と比べると、シーンやセリフなど、意外なほど改変が少ないことが分かる。分かりやすい変更点といえるのは、美大受験についての“ハウツー”といえる説明部分が、ところどころで端折られているという部分だ。最近、アニメ作品の劇中で豆知識を披露するものが増えてきているが、本シリーズは、その種のシーンによって感情の流れを切るようなことがない。それは、吉田が『ブルーピリオド』を、あくまで人間のドラマとして見ているからだろう。その証拠として、登場人物の課題となる部分のノウハウについては、ドラマとして可能な限り自然なかたちで描かれているのである。

「陰(かげ)があるということも、吉田さんの脚本の特徴です。アニメーションでは、作品によって記号的な人物描写をすることが少なくないのですが、吉田さんは負の感情をリアルに描くので、シリアスな実写映画のような緊張感がありますし、求められる枠を超えるような激しい感情が顔を出していると感じるときもあります。アニメ業界で長くキャリアを積んでいて人気がありながらも、吉田さんは、その意味で珍しいタイプだといえると思います。それだけに、作品や演出家を選ぶ場合があるかもしれません」

 聴覚障害を持ったクラスメートをいじめた過去を持つ男子高校生が主人公だった『映画 聲の形』に代表されるように、登場人物の負の感情をリアルに描き、ときに観客の胸に痛みを与えてきた吉田の手腕は、これまでも大きく評価されてきた。『ブルーピリオド』の主人公たちが経験する将来に対する大きな不安や、ライバルたちに対する複雑な感情、自分の才能への絶望など、激しい感情の揺らぎは、吉田玲子の作家性を発揮できる題材だといえよう。

「人間の本質に迫るような深いところで描写できるのが、吉田さんの持ち味です。だから、いまアニメーションで複雑な人間ドラマを描こうとする企画が出たときは、まず吉田さんが選択肢に入る場合が多いと思います。それほど業界で信頼が置かれている脚本家です。私も、今後自分の監督作で吉田さんに依頼できるような企画を手がけてみたいと思っています」

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