『君の忘れ方』が描いた悲しみと痛みの先にある希望 いつか来る大切な人との別れのために

恋人・美紀(西野七瀬)との思い出が詰まった結婚式用の共有フォルダをしばし眺めていた主人公・昴(坂東龍汰)は、その中からよく撮れた1枚の2ショット写真を選択する。そして自分が写っている部分をトリミングし、背景を消す。彼女の笑顔だけが残る。それを印刷する。結婚式で使われるはずだった写真が遺影になるという、胸を衝かれるような悲しい描写から、本作は始まる。それはどこか、その後の彼の心の中を示しているようにも思う。まるで、彼の世界から彼女が消えたというより、彼の世界に彼女しかいなくなってしまったかのような光景。映画『君の忘れ方』は、大切な人を失ってしまった人々が抱える悲しみと痛み、その先の希望を、丁寧に描いていた。

1月17日から公開された映画『君の忘れ方』は、「決して癒えることのない深い悲しみ=グリーフ」と向き合う人々と、グリーフケアに携わる人々の姿を描いた映画だ。共同脚本の伊藤基晴とともに本作の監督である作道雄が、このテーマに3年以上向き合い、オリジナルの脚本を手掛けた。
結婚式を間近に控えたある日、主人公・昴は、交通事故で恋人・美紀を突然失ってしまう。ラジオの構成作家である彼は、取材を通してカウンセラーの澤田(風間杜夫)と出会うが、美紀を亡くしたばかりの彼は、澤田の言葉を素直に受け止めることができない。母・洋子(南果歩)に促され、帰省した先の故郷・岐阜で出会ったのは、月に1度グリーフケアの会を主宰している牛丸(津田寛治)だ。取材の一貫と偽り、自身の喪失の経験を内に秘めたまま、昴はグリーフケアという概念に接していく。そんな中出会ったのが、彼と同様に最愛の妻を突然亡くした経験を持つが、グリーフケアの会の活動には馴染めず、彼にしか見えない“妻”との会話を楽しむ、一見明るい男性・池内(岡田義徳)だった。

本作は静かに、昴の心の動きに寄り添い続ける。例えば、一緒に過ごしていた部屋の随所に美紀との生活の痕跡が残され、テーブルの上には結婚式で使うはずだった様々なものが途中のまま散らばっていることに目を背けずにはいられない昴の姿。もしくは、ふと電車の窓に映り込んだ美紀の幻影を目の当たりにして、電車内に彼女がいるのではないかと思わず探さずにはいられない姿。あるいは、同じ悲しみを経験した者同士である池内と出会い、自然と閉ざしていた心を開いていく姿。本作が初の映画単独主演であり、ドラマ『ライオンの隠れ家』(TBS系)の好演も記憶に新しい坂東龍汰の卓越した表現力が生むリアリティが、より本作を真に迫ったものにしている。

さらに、そんな彼の前に現れるのが、西野七瀬演じる美紀の幻影だ。池内のアドバイスによって、昴が召喚する形で現れた彼女のまぼろし。彼女との思い出の味である、隠し味に日本酒を入れたカレーを作る度、彼女は彼の元に現れ、微笑んでくれる。でもなぜか言葉を発しないし、彼の思いとは裏腹に気づいたら消えてしまう。生者の想像が生みだした産物のようで、時に生者自身を思わぬ場所に連れて行ってしまう彼女の姿は、昴を無条件に包み込んでくれる温かい存在であるとともに、彼が彼女のことを忘れてしまったら最後、姿形すら保てない、脆弱な存在であることを示してもいて、彼をつかの間幸せにする一方で、どうしようもなく不安にもさせる。