『ホットスポット』の笑いを生む“ディテール”へのこだわりとは? バカリズムの“嘘”の巧さ

NHKドラマをはじめ、社会問題や多様性を細やかな配慮で繊細かつ緻密に描く良作は近年、明らかに増えている。それは実に喜ばしいことだが、今のドラマ界に圧倒的に不足しているのは「笑い」だと感じている。
実際、コメディを銘打った作品は、大仰な表現や軽薄なノリに鼻白んでしまうことが多いし、ある人にとっての笑いが別のある人を傷つける暴力性を孕んでいるケースも見受けられる。笑いって、本当に難しい。
そんな中、不快感や暴力性がなく、一見気軽で奥深い、テキトーそうで緻密、笑えるのに不意打ちで泣ける、そんな卓越した技術と笑いのセンスを見せてくれる近年のコメディといえば、個人的に『おいハンサム‼』(東海テレビ・フジテレビ系)シリーズと一連のバカリズム作品が筆頭だと思っていた。
前置きが長くなり恐縮だが、そんなわけで冬ドラマ1の期待作、バカリズム脚本×市川実日子主演『ホットスポット』(日本テレビ系)。結論から言うと、冒頭からラストまで飽きることなく、毎秒ことごとく面白い。

ハリボテみたいな富士山と記号的な昔ならではのUFO、まっすぐ伸びた商店街で振り返る市川実日子のキービジュアルは、70年代オカルトブームの本の装丁みたいで胡散臭くてワクワクする。「SF史上かつてない小スペクタクルで贈る、地元系エイリアン・ヒューマン・コメディー!」という謳い文句も、イントロダクションの「富士山麓のとある町には、地球外生命体が潜んでいた!」「ビジネスホテルで働くシングルマザー 遠藤清美41歳。ある日、彼女はひょんなことから宇宙人と遭遇し……⁉」という内容も、さっぱり意味がわからない。
にもかかわらず、そこで繰り広げられるのは『架空OL日記』(読売テレビ)や『ブラッシュアップライフ』(日本テレビ系)に通じるバカリズム脚本ならではの日常の圧倒的リアリティだ。なにしろ宇宙人がまるで違和感なく日常に溶け込んでいるのだ。

富士山の麓にある町のビジネスホテルで働く遠藤清美(市川実日子)は、娘の若菜を女手一つで育てるシングルマザー。毎朝弁当を作って自転車で出勤、同僚の由美(夏帆)、えり(坂井真紀)と一緒にフロント業務を淡々とこなす。制服のシャツは1週間に1度洗うが、その頻度は決して少なくない、なんなら多いほうだとかいう言い訳めいた清美のつぶやきも、客が来ると瞬時に表情・声のトーンを変えて接客モードに切り替わるのも、支配人・奥田(田中直樹)が親しみやすいだの、高橋(角田晃広)が仕事を終えてもすぐ帰らないのが地味にストレスだのといったささやかなグチも、本当に細かすぎるサービス業あるある満載だ。『架空OL日記』でも『ブラッシュアップライフ』でもそうだったが、バカリズムはいつもどこでどうした女性同士の会話のリアルを取材しているのか不思議になる。
しかし、そんな日常に変化が訪れる。ある日、清美が仕事帰りに自転車で家路を急ぐ中、交通事故に遭いそうになり、間一髪で助けてくれたのが高橋だった。人間離れしたスピードと力で自転車ごと救い出した高橋は誰にでも言わないでくれと念押しし、打ち明ける。
「実は俺……宇宙人なのね」
角田のソフトな口調の暴露もおかしいが、「間」と表情のみでヤバいヤツと思っている心情が察せられる市川実日子の芝居も素晴らしい。しかも、清美はソッコーで約束を破り、地元の幼なじみ・葉月(鈴木杏)と美波(平岩紙)に話してしまう。
おかしいのは、そんな突飛な話にもかかわらず、清美が語った救出劇の様子から勝手にたくましいスポーツマンをイメージした2人が高橋の写真に納得がいかず、「宇宙人感がない。普通のおじさん」「まったく同じ見た目の人、日本に5000人くらいいる」とダメ出しすること。この暢気さ、いかにも清美と“類友”の地元の幼なじみらしい。
しかも、2人は高橋に会ってみたいと言い出し、清美に頼まれた高橋は渋々、葉月、美波と会うことに。「宇宙人」なのか本人に尋ねつつ、笑いを噛み殺す平岩紙の表情はどこまで芝居かわからないほどだし、宇宙人の特徴として背中が丸く胸骨が下がっていることと説明する高橋に「……猫背ってことですか」という市川も、背中を触ってみた鈴木杏の「……猫背ですね。もっと丸い人、地球にもいますよ」と“宇宙人”設定を受け入れつつ真顔ツッコミするのも、どこまでもおかしい。
ちなみに、この高橋の写真について瞬時に「……猫背だな」と違和感を抱いた視聴者も多かったのではないか。それがまさか「宇宙人」設定のためだったとは。こんなしょーもない(誉め言葉)写真1枚にも小さな“違和感”を巧妙に仕掛けられ、掌で転がされているのだから、恐ろしい作品だ。

そこから、美波らにおねだりされ、高橋は能力を披露――10円玉を曲げたことで手が痒くなったり、人間離れした「聴力」を披露すると耳抜きが必要になったりすることがわかる。宇宙人の力は超能力ではなく、あくまでもともとある力を引き上げるもので、それに伴い、副作用があるというのだ。本来は突飛な設定のはずが、そうしたディテールによって不思議な説得力を持たせるのも、バカリズムの嘘の巧さ、役者の巧さだろう。
さらに、高橋の能力が活かされる場面が来る。