『ブルーピリオド』アニメでさらに拡がった色鮮やかな世界 “青い渋谷”を飛んだ八虎の心

 高校生・矢口八虎が、ゼロから東京藝術大学を目指す青春群像劇、『ブルーピリオド』(講談社)。マンガ大賞2020を受賞した注目の「スポ根美術マンガ」のアニメが、10月1日よりついに放送を開始する。美術の世界を真っ向から描いた物語を、アニメでどう表現するのか。Netflixでひと足先に先行配信された第1話から、改めてその見どころを紹介したい。

極めて理性的で社会的な主人公・矢口八虎

 原作漫画を読み進めている人はきっとわかっていただけると思うが、『ブルーピリオド』の世界はとにかくリアリティがあり、時には痛いほどシビアだ。多くのキャラクターが登場し、それぞれに個性的ではあるのだが、成敗されるためだけに配置された「嫌なだけの人」はいないし、フィクション特有の性格がデフォルメされすぎたキャラクターもいない。誰もかれも、地に足の着いたリアルな人間として描かれている。

 主人公・矢口八虎もそうだ。友達とつるんで酒やタバコを嗜んだりする八虎だが、不良かと思えば学校の成績は優秀で、人づきあいもそつがなくこなす。では、要領が良くて人を見下している嫌味な奴かと言えばそんなこともなく、実は家でこつこつ勉強する努力家であり、仲の良い友達と肩を組んでサッカー観戦に興じるような無邪気な高校生らしさも持ち合わせている。

 こうして八虎の特徴を並べてみると、色々な顔を持ちすぎて、支離滅裂な人物のようにも思える。だが冷静に考えてみると、社会の中で生きていく上で、人は誰しも多かれ少なかれ空気を読み、人に合わせ、TPOをわきまえ、その時々で微妙に見せる顔を変えながら生きているはずだ。人間とは本来、多面的なものなのだ。八虎は、友人や親が自分に何を求めているか知っていて、それに応えて振る舞うことができる。「現実とはそんなものである」ことを知っている。だから八虎は支離滅裂なのではなく、極めて理性的で、社会的なだけなのだ。

 アニメの中で八虎の見る世界も、そんなふうに平坦だ。成績優秀で、友達もいて、大概のことはうまくこなすことができる、なんの問題もない日常。けれどその内心は、いつも淡々として、空虚だ。友達とスポーツバーではしゃいでいる時も、その熱狂はどこか遠く、冷めている。それでもその場に合わせて笑うことができるのは、やはり八虎が理性的で、社会性のある人間だからに他ならない。リアリストの八虎は、美大を目指す美術部の面々を前に「食べていけなくても好きなことやりたいって精神がわからない」と言い放つ。

 そんなふうに、空気を読み、膜をかぶったような日々を過ごしていた八虎だが、美術というものに触れた時、その視界はわずかに鮮明になる。それは例えば、美術部の森先輩の天使の絵を見た時。油画の質感、補色を利用して美しく見せるための緑の肌の人物。知識はないながら八虎が目を奪われるだけの説得力は、画面越しでもその絵から感じることができる。

 それから、早朝に歩いた渋谷が、なぜか青く見えた時。「時間の無駄だ」と言い聞かせながら、絵を描く手が止まらない時。抑圧されていた心が解放されて、文字通り自由に飛んでいく。

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