『グンダーマン』が描く国家と社会 “東ドイツのボブ・ディラン”に思いを馳せて

『グンダーマン』が描く国家と社会 “東ドイツのボブ・ディラン”に思いを馳せて

  “東ドイツのボブ・ディラン”と称され、ベルリンの崩壊後の旧東ドイツで多大な影響力を得ていたシンガーソングライター、ゲアハルト・グンダーマン。市井の人々の暮らしや感情に寄り添い、詩情豊かなソングライティングと率直なボーカル表現によってオーディエンスに支持されていたグンダーマンは、東西陣営が火花を散らしていた冷戦期、シュタージ(秘密警察)に協力するスパイとして活動していた——このあまりにも衝撃的な史実をもとにしたのが、映画『グンダーマン 優しき裏切り者の歌』(原題:Gundermann)だ。

 ドイツで最も権威のあるドイツ映画賞にて作品賞、監督賞、主演男優賞など6部門で最優秀賞受賞した本作。主演は、1976年生まれ、東ベルリン出身のアレクサンダー・シェーア。舞台、映画に数多く出演し、数々の賞にも輝いている彼は、『Das Wilde Leben(原題)/Eight Miles High(英題)』(2007年)でキース・リチャーズ(THE ROLLING STONES)、『Tod den Hippies!! Es lebe der Punk!(原題)/Punk Berlin 1982(英題)』(2015年)で西ドイツの伝説的ロックバンド「アインシュテュルツェンデ・ノイバウテン」の美形フロントマン、ブリクサ・バルゲルトを演じるなど、ミュージシャン役でも知られる。今回の作品では、劇中で演奏される全15曲を自らカバー。優れたライブパフォーマンスでも知られたグンダーマンのステージを見事に再現している。

 冷戦真っ只中の1970年代東ドイツと、統一後の1990年代のドイツを行き来しながら物語が進む本作。まずは20世紀ドイツの政治的な背景をふまえながら、映画のストーリーを紹介したい

 第二次世界大戦で壊滅的な敗北を喫したドイツは、民主主義国家の西ドイツ、社会主義国家の東ドイツに分断。実質的にソビエト連邦の支配下にあった東ドイツには、シュタージと呼ばれる秘密警察が組織され、多くの一般国民がほぼ強制的に協力させられていた。その主な業務は、身の回りにいる“危険分子”を見つけること。西側への亡命を企てたり、政府への憤りを感じている人、社会主義に批判的な人物をごく普通の市民を使い、報告させていたのだ。

 昼間は褐炭採掘場で巨大なパワーショベルを運転する労働者、仕事が終わるとステージに上がり、自分で作った歌を歌うミュージシャンでもあったグンダーマンは、西側へのコンサートツアーを行う条件として、シュタージへの協力を引き受けてしまう。

 労働者、生活者の暮らしを歌い、シンガーソングライターとして少しずつ評価を高めていく一方、冷酷な社会主義国家に忠誠を誓うような行為を行うグンダーマン。この引き裂かれた状態に悩み、あまりにも複雑な状況に翻弄されながらも彼は、自らの人生を誠実に生きようとする。この二律背反的な人間の在り方の描き方は、本作の大きなポイントだろう。

 部屋にチェ・ゲバラの写真を貼り、採掘場でのパワーショベルの運転を真剣に学ぶグンダーマンは一見、社会主義国家を理想とする“健全な”国民のように見える。その一方で彼は、ドイツ社会主義統一党の幹部に異議を申し立てたり、労働環境や職場の問題点について指摘するなど、反分子的な言動によって自らの立場を危うくすることもある。そもそも労働者の悲哀や自由への渇望を歌にして、毎晩のようにステージに立つこと自体、当時の東ドイツの情勢を考えると、相当に危険なことだったのではないだろうか。しかも彼はドイツ統一後、自らの過去を告白するのだ。そのときの周囲の人々の反応も、この映画の大きな見どころだろう。

 ちなみに彼は恋愛にも驚くほど積極的で、人妻にも貪欲にアプローチしてしまう。厳密に管理され、人々が監視し合うような社会においても、自分らしさを貫こうとしたグンダーマンの生き方は、ドイツが生んだ哲学者フリードリヒ・ニーチェの著作『人間的、あまりにも人間的』というタイトルを想起させる(アレクサンダー・シェーアは『Lou Andreas-Salome, The Audacity to be Free(原題)/In Love with Lou – A Philosopher’s Life(英題)』(2016年)でフリードリヒ・ニーチェを演じたこともある)。監督を務めたアンドレアス・ドレーゼンは「どうして彼は東ドイツの国家保安省に協力することになり、その道徳的策略に陥ったのか。これは自分の人生や犯しうる罪、そして消滅した国で過去と必死で向き合う努力をした1人の人間についての映画です」とコメントしているが、国家や社会の在り方に大きく影響され、矛盾や葛藤を抱えながら人生を歩まざるを得なかったグンダーマンの姿は、先が見えない現状を生きる我々にとっても大きな示唆に満ちている。

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