『愛の不時着』はなぜ人々の心を掴んだのか 個を大切にするこれからの時代の理想の恋愛関係

『愛の不時着』愛しさが増す演出を紐解く

 思い返すだけで、心がじんわり温かくなる。そんな作品と出会えたことは、誰にも奪われない宝物だ。『愛の不時着』というドラマは、多くの人にとってまさに宝物のひとつになったに違いない。tvNドラマ史上歴代1位の視聴率を記録し、現在Netflixで依然としてランキング上位をキープしている本作。なぜ『愛の不時着』は、これほどまでに人々の心を掴んだのか。

国際化社会におけるラスト『ロミオとジュリエット』

 この物語の主軸は、韓国の令嬢と北朝鮮の将校のラブストーリーだ。交わるはずのなかった2人の運命。不慮の事故がきっかけとはいえ、出会ってしまったことそのものが射殺されても仕方のないほどの罪。一緒にいたいと願うことなど問答無用。そんな“許されざる恋”を描いた作品だ。

 “許されざる恋”の代名詞といえば『ロミオとジュリエット』だが、今や家同士の確執が個人の恋愛に影を落とすことが、リアルな時代ではなくなった。国を越えて愛し合う人も珍しくなくなった現代において、韓国と北朝鮮の分断は“許されざる恋”が説得力を持って描かれる最後の舞台とも言えそうだ。

 積み上げてきたもの全てを投げ売り、最終的には命をかけてでも愛する相手を守ろうとする強さ。もう2度と会えないとしても、愛する人と出会えた喜びを胸に生きていくひたむきさ。過酷な状況であるほど、人は愛に対して純粋になれるのかもしれない。そんな本質的な“愛”の尊さに、本作では触れることができるのだ。新型コロナウイルスの影響で、多くの人が「会いたくても会えない」を経験する中で「愛とは何か」を改めて考えさせられる作品だ。

自立したヒロインと、パートナーとしてのヒーロー

 パラグライダーで竜巻に遭遇し、韓国から北朝鮮が管轄する非武装地帯への不時着……まるで『オズの魔法使い』や『星の王子さま』を連想させる物語の始まりはとてもファンタジックだが、主人公のユン・セリ(ソン・イェジン)と、恋に落ちるリ・ジョンヒョク(ヒョンビン)の関係性は実に現代的だ。

 ユン・セリは、財閥の生まれではあるものの家族との仲は冷え切っており、1人の力でファッションブランドを立ち上げて成功を収めた敏腕経営者だ。誰かに依存するのではなく、自らの足で人生を切り拓くというスタイルは新しい時代の女性像を映し出しているよう。だが、誰にも頼らずに生きてきたからこそ、警戒心が強く、人とのつながり方に大きな課題を残す。それは性別に関わらず、現代人に共通する悩みにも思えるものだ。

 そんなユン・セリも、見知らぬ北朝鮮へと足を踏み入れたとなれば、人に頼らざるを得ない。偶然ユン・セリを発見し、保護することになったリ・ジョンヒョクの不器用ながらも誠実な対応に、ユン・セリは少しずつ心を開き、愛することを学んでいく。とはいえ、リ・ジョンヒョクにとってみれば、正真正銘の招かれざる客。「殺すか?」とまで考える性愛を意識しない出会い、ましてやお互いの生死に関わる共謀者となるのだから、思い切り人と人としてぶつかり合うのだ。

 「ヒーローに守られるだけのヒロイン」でもなく「男性を支える女性」でもなく、「同じ人間として生に向き合うパートナー」。そんなふうに描かれる2人の恋愛は、個を大切にするこれからの時代の新たな理想とも言えそうだ。

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