2019年の年間ベスト企画
年末企画:児玉美月の「2019年 年間ベスト映画TOP10」 “沈黙”が共通項に
リアルサウンド映画部のレギュラー執筆陣が、年末まで日替わりで発表する2019年の年間ベスト企画。映画、国内ドラマ、海外ドラマ、アニメの4つのカテゴリーに加え、今年輝いた俳優たちも紹介。映画の場合は、2019年に日本で劇場公開された(Netflixオリジナル映画含む)洋邦の作品から、執筆者が独自の観点で10本をセレクト。第9回の選者は、映画ライターの児玉美月。(編集部)
1. 『宮本から君へ』
2. 『よこがお』
3. 『Girl/ガール』
4. 『第三夫人と髪飾り』
5. 『おしえて!ドクター・ルース』
6. 『火口のふたり』
7. 『ビリーブ 未来への大逆転』
8. 『ガルヴェストン』
9. 『真実』
10. 『三人の夫』
2010年代最後の年となる2019年を代表するのにもっとも相応しい作品として、真利子哲也監督『宮本から君へ』を選出した。宮本(池松壮亮)は、愛する靖子(蒼井優)のため、彼女を傷つけた拓馬(一ノ瀬ワタル)に決闘を挑む。映画はその決闘による激しいアクションや役者の迸る感情によって駆動していくが、むしろもっとも重要な主題は、大胆なスタイルよりも、ショットやモンタージュの細部にこそあるだろう。映画は「真実」に対し、「沈黙」を貫く。より正確には、決して「真実」は言葉としては発せられない。何か大事なことが語られる時、それは徹底して映画しかできない語りによってされるべきだとでもいうような厳格なモラルがある。視覚的/映像情報、聴覚的/言語情報のそれぞれで文脈化された豊かなナラティヴが併走する映画技巧が存分に織り成された重層的なテクストとして、本年度これほどに大衆娯楽性とも両立し得た作品は他にあるまい。
深田晃司監督『よこがお』は、否応なく転落させられていく女性の復讐譚である。説明不可能な現実世界と、複雑に縺れ合う精神世界とが、緻密に作り上げられた映像で描かれる。雄弁を弄する世間と対比された彼女の「沈黙」が成り代わる「叫び」ーー映画ならではの音響効果とでも言うべき終盤の長い長い車のクラクション音が、極上のカタルシスを喚起した。
上位2作品が邦画となったが、3位にベルギー映画であるルーカス・ドン監督『Girl/ガール』を選出。ティーンのトランス女性が唇を噛みしめて困難に耐える。そんな「沈黙」のなか滾る性への希求とバレエへの情熱が橙と青の照明によって炎の表象へと昇華し、スクリーンの鮮烈な幻視に魅せられた。
ベトナム映画のアッシュ・メイフェア監督『第三夫人と髪飾り』と香港映画のフルーツ・チャン監督『三人の夫』は、共に女性主人公にほとんど台詞が与えられていない。しかし、その「沈黙」自体が、彼女たちの言葉を奪い去った政治や社会に対する強烈な批判たり得ている点で価値があるのではないか。
『おしえて!ドクター・ルース』は米国で著名なセックス・セラピストのドキュメンタリー映画だが、「フェミニストか?」の問いに一貫して首肯せず「沈黙」する彼女の姿が印象深い。女性の権利向上などへの多大な功績とドラマに満ちた人生は、多くの者へと届けられるべきだろう。
メラニー・ロラン監督『ガルヴェストン』は、死した娼婦の遺した永遠の「沈黙」を携えて暴雨風のなかを歩む孤独な男の背中が映されるラストショットに、人生のすべてを観た。本年度もっとも心打たれたラストショットの映画としても挙げたい一本である。