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奇跡のキャスティングと映像美が紡ぐ 唯一無二の身体の物語『Girl/ガール』の繊細な表現

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 黄金色の光のなかで、微睡む少女が目を覚ます。この少女ララ(ビクトール・ポルスター)は男性の性別を与えられて生まれたが、心は女性であり、医療手段によって女性になることを望んでいるトランスジェンダーである。理解のある優しい父親がそばにいながらも、ララは胸の内を口に出すことなく、彼女の心の在りようとは裏腹に隔離していく身体を抱えるその苦しみを、一身に引き受けている。映画はララが言葉によって発露させずにいるその痛みを、映像によって繊細に表現していく。それはたとえばトウシューズで圧迫され血塗れになった足の指であり、脚と脚の間のテーピングの赤い跡であり、堪えるようにして固く噛まれた唇であったりする。

 ララは女性になることと等しく、バレリーナになることを夢見ている。バレリーナになるにあたって、身体がいかに重要であるか。昨年公開されたバレエ映画『ボリショイ・バレエ 2人のスワン』(2017年)でも、バレエをするための身体として思うように自身の身体が成長していかない生徒が、次々と脱落していく残酷さが克明に描かれていた。ましてやララの身体は男性であり、その厳しさは苛酷を極める。だからこそ本作では、バレエという要素がより一層ララの身体の問題を顕在化させ、カメラは映画を通してララの身体を追い続ける。その身体を持つビクトール・ポルスターという奇跡のキャスティングと、ルーカス・ドン監督による映像美が紡ぐ、唯一無二の身体の物語がここに生まれた。

 しかしこの映画は、手放しで称賛されたわけではない。一部の批評家からは、トランスジェンダーの役者が演じずにシスジェンダー(割りあてられた性別と自認している性別が一致している人)が演じていることや、トラウマ的な残虐描写に対して批判の声も上がった。実際、メインのトランスジェンダー役をトランスジェンダーである役者が演じた映画は数少ない。第90回アカデミー賞で外国語映画賞を受賞した『ナチュラルウーマン』(2017年)や、日本公開未定の『Port Authority(原題)』(2019年)などがあるものの、ほとんどの映画でシスジェンダーの役者が演じているのが現状である。しかもそれは表現のリアリティの問題に留まらず、トランスジェンダー(俳優)の労働の問題とも絡んでいるために、より根深い問題として議論が続けられている。

 また、トランスジェンダーを描く映画と暴力表象は分かち難い関係でもある。同じくティーンのトランスジェンダーを描いた『アバウト・レイ 16歳の決断』(2015年)や、『ボーイズ・ドント・クライ』(1999年)、『わたしはロランス』(2012年)、『リリーのすべて』(2015年)など、多くの映画でトランスジェンダーのキャラクターは自ら身体を痛めつけたり、暴力に曝されたりする。本作でも批判の対象となった目を背けてしまいたくなるような描写があるものの、それはトランスジェンダーが対峙している痛みやつらさの、映像表現に他ならないのではないだろうか。

      

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