映画プロデューサー北島直明が語り尽くす、『町田くんの世界』の手応えと日本映画の実情
映画『町田くんの世界』のBlu-ray&DVDが11月6日にリリースされた。『舟を編む』『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』の石井裕也監督が、手塚治虫文化賞・新生賞受賞作家・安藤ゆきの同名コミックを原作に、まったく新しい日本映画に挑んだ本作は、運動も勉強もできないが、“人を愛する才能”だけはズバ抜けている町田くんが、“人が嫌い”な猪原さんに出会ったことで、初めて“わからない感情”に向き合う模様を描いた青春映画だ。
主演には、新人の細田佳央太と関水渚が1000人のオーディションから選ばれ、共演には、岩田剛典、高畑充希、前田敦子、仲野太賀、池松壮亮、戸田恵梨香、佐藤浩市、北村有起哉、松嶋菜々子と豪華キャストが集結した。
本作の企画・プロデュースを務めたのは、映画プロデューサーとして『ちはやふる』『キングダム』など数々のヒット作を手掛け、今後も『ルパン三世 THE FIRST』『AI崩壊』などの注目作の公開を控える北島直明。劇場公開の手応えから、企画やキャスティング秘話、そして昨今の日本映画の実情まで、じっくりと語ってもらった。(編集部)
「プロの方々が気になるようなものが作れたという手応えはあった」
ーー本作は、今年6月に劇場公開されましたが、まずはプロデューサーとして、その手応えみたいなものから聞かせていただけますか?
北島直明(以下、北島):『町田くんの世界』は、ありがたいことにマスコミ試写の段階から、非常に大盛況でした。たぶん、メジャー配給会社やテレビ局の映画プロデューサーの方々が、ほぼみんな来てくれたんじゃないかっていうぐらい、試写に来てくれまして。それは僕のなかでは、初めての経験でしたね。
ーーかなりの“注目作”だったわけですね。
北島:その理由は、いくつかあると思っていて。まず、石井裕也監督が、少女漫画の原作を、どんなふうに映画化したのかという興味ですよね。で、もうひとつは、主演に新人俳優を抜擢したこと。正直、今の時代、メジャーの映画で新人俳優を主演に抜擢することって、ほとんどないじゃないですか。そうかと思えば、助演の方々は全員主演クラスで、しかもほぼ全員が何かしらの映画賞を獲っている実力派の俳優たちであるという。その構図のいびつさみたいなものは、やっぱり興味が湧くと思うし、僕が逆の立場であっても、きっと観に行くと思うんですよね。だから、そういう意味ではまずひとつ、プロの方々が気になるようなものが作れたという手応えが、その時点でありました。
ーー劇場公開されたあとも、実際に映画を観た方々には、概ね好評でしたよね?
北島:そうですね。そこはやっぱり僕も気になって、いろんなレビューとか、お客様の感想をTwitterとかで見るんですけど、確かに僕がプロデューサーを務めた映画では、今までにないぐらい絶賛の声が並んでいて。それは本当に、すごいことだなって思いました。ただ、そこから思ったほど、多くの人たちに広がっていかなかったというのは、ひとつ課題としてあって。その要因はいくつかあると思うんですけど、この映画の公開時のコピーって、「この世界は悪意に満ちている。でも──町田くんがいる。」だったんですね。
ーーはい。
北島:それを今回、パッケージのタイミングで、「初めての恋が、僕たちの世界を変えた」に変更しようと思っていて。というのはやっぱり、公開時のコピーも何も間違ってないし、実際に映画を観てくれた方々は、そのコピーにすごく納得していただけると思うんですけど、何の情報もない方々に「この映画は、こういう映画ですよ」って知ってもらうという意味では、ちょっとわかりづらいところがあったのかなと。ご飯を食べに行くにしても、何が出てくるかわからないレストランには、やっぱり入らないじゃないですか。
ーーそうですね。
北島:つまり、石井裕也監督が少女漫画原作にチャレンジして、しかも主演が新人で、脇を固めるキャストも豪華だっていう、このいびつさ加減みたいなものに反応してくださる方々はたくさんいるんですけど、そうではない方々──この映画は「泣けます」とか「笑えます」とか、映画代を払ったものに対して100%得られるものがないと、なかなか劇場まで足を運んでもらえないんですよね。そこはやっぱり、今のお客様って、すごく正直であるというか。なので今回、パッケージのタイミングでは、「初めての恋」というものを、前面に打ち出そうと思っているんですよね。
ーーなるほど。確かに、何よりもまず、初めての恋によって変わっていく若者たちを描いた青春映画ではあるわけで……。そう、この映画のそもそもの成り立ちについて、お聞きしてもいいですか。今回の映画は、もともと北島さん発信の企画だったわけですよね?
北島:はい、そうですね。
ーー北島さんは、そもそもなぜ、この『町田くんの世界』という漫画を映画化しようと思ったのですか?
北島:仕事柄、小説と漫画は日ごろからたくさん目を通していて、本屋さんにもしょっちゅう行って、気になったものは手に取るようにしているんですけど、この『町田くんの世界』の1巻が出たときに、タイトルが面白そうだったので、ちょっと読んでみたんですね。そしたら、キャラクターが面白いし、笑えるし……『別冊マーガレット』の連載なのに、主人公の男の子が恋を知らないって、なかなかぶっ飛んでいるじゃないですか(笑)。
ーー確かに(笑)。
北島:これまでの少女漫画のセオリーから言うと、イケメンがモテるとか、普通の女の子が突如モテ始めるとか……まあ、構造的には同じものが多いですよね。でも、この漫画は、その構造がまったく違うっていう。主人公である町田くんは、人のことがものすごく好きだけど、恋を知らない。で、ヒロインである猪原さんは、人のことが大嫌いっていう。この2人が恋を知ったときにどうなっていくのか、すごい気になったし、そこがすごくいいなと思って。で、石井監督は、実はもう5年ぐらい前から付き合いがあったんですね。僕がまだAP(アシスタント・プロデューサー)だった頃に、初めてお会いして……。
ーー北島さんは、APとして『桐島、部活やめるってよ』などに参加されていたんですよね?
北島:そうなんです。その頃に知り合って、いろいろ意見交換したり、「何か一緒に企画をやりましょう」みたいな話はしていたんですけど、なかなか形にならなくて。で、ちょうどこの企画があったので、「監督、少女漫画原作の映画って、どうですか?」って尋ねたら、「いや、北島さん、声掛けてくるの遅いよ。やっとですね」と言われまして……。
ーーそれは、どういうニュアンスなんでしょう(笑)。
北島:監督も何かの取材で言っていましたけど、今から10年後とかに過去の日本映画を振り返ったとき、少女漫画原作の映画がある種日本映画の一端を担っていた時代があったって、きっと言われるはずなんですよね。かつてのホイチョイ・プロダクションズの映画だったり、『踊る大捜査線』のようなテレビドラマ映画だったり、Jホラーだったり、そういうものが日本映画の一端を担っていた時代があるわけじゃないですか。それと同じように、少女漫画原作の映画がいっぱいあった時代があったよねっていう。で、そのときに、そこに自分が加担していないのが、なんか嫌だって監督は言っていて……。
ーーなんか嫌だ(笑)。
北島:それは流行っているからとかではなく、やっぱりそこには、間違いなく時代を動かすだけの何かがあったということだと思うんですよね。そもそも少女漫画ほど、何のてらいもなく、恥ずかし気もなく、好きだなんだって愛を語っている脚本も、世の中には存在しないわけで。しかもそれって、映画にとっては、非常にスタンダードなテーマだったりするわけじゃないですか。それを一回、自分たちもちゃんとやってみましょうよっていう。だから、非常に映画的なアプローチの仕方というか、考え方だったんですよね。