>  > 松江哲明の『町田くんの世界』評

松江哲明の“いま語りたい”一本 第41回

『町田くんの世界』は古典作品のような味わいに 石井裕也監督が込めた現代人へのメッセージ

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 『川の底からこんにちは』『舟を編む』『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』など、石井裕也監督の作品にはモラルがあります。曲がったり、斜めに構えがちな今の社会に対して、「本当にそれでいいのか」と真正面からメッセージをぶつけるのです。どの作品も評価が高く、新作が期待される監督ですが、最新作『町田くんの世界』は、「大好き」と言わずにはいられない特別な1作になっていました。

 これまでの石井監督の作品は、映画の中で“答え”を観客にしっかりと提示する印象がありました。緻密な脚本と演出の上にそれが成り立っているので、完成度も高いです。しかし、本作には観客が答えを共に探すような、余白があります。完成度よりもエモーショナルなものが優先されていると思いました。故に「大好き!」と口にしてしまうような快感があったのです。この感覚は、石井監督の作品では初めてでした。

 人を愛し、人から愛される才能を持った高校生・町田くん(細田佳央太)が、同級生の人嫌いの猪原さん(関水渚)と触れ合う中で初めての感情を抱いていく、というのが本作のあらすじです。少女マンガが原作、人気の役者たちが出演、とこの情報だけを並べれば、いわゆる“キラキラ映画”と言っても間違いないでしょう。でも、味わいはキラキラ映画どころか、90年代のミニシアター、固有名詞を挙げてしまうと渋谷のシネマライズで上映されていた作品のような趣があるんです。私はエミール・クストリッツア監督の『アンダー・グラウンド』をあの劇場で観ていた時のことを思い出しました。現実を反映しつつも寓話として捉えた、素晴らしい作品でした。本作にも同じような感動があります。

 まず主演に抜擢された新人・細田佳央太さんと関水渚さんが素晴らしかったです。「この人、観たことがある」というイメージがない2人を映画の真ん中に置くことで、彼らが人と出会い、世界と触れて変化していく姿を観客も同じように感じることができました。映画を観た後に、この2人のことを好きにならざるをえない魅力を持っているんです。そして、なんといっても脇を固めたキャスト陣。前田敦子さん、岩田剛典さん、高畑充希さん、太賀さんと、年齢的な面で言えば高校生を演じることは違和感があります。しかし、私たちはみなさんがこれまで実年齢より下の学生や若者を演じるのを観てきています。日本映画のリアリティとしてはアリなんです。身体は大人なんだけど、心を学生に戻して高校生を演じている“プロ”が同級生としていることで、新人2人のピュアさがより際立っているんです。キャスティング自体が演出であり、仕掛けになっています。

※以下、一部ネタバレを含みます。

 映画のキャッチコピー「この世界は悪意に満ちている。でもーー町田くんがいる」の“悪意”にまみれてしまっているのが、池松壮亮さんが演じる週刊誌の記者です。この池松さんのパートがこの映画を特別な作品にしているところです。

 高校生のラブストーリーと、週刊誌の記者が現代の病巣に向き合っていくという社会派な一面と、2つの軸が本作にはあります。池松さんが演じる記者は、不倫現場の写真を撮り、喜々として帰宅すると妻から「本当にその仕事がしたかったの」と聞かれます。彼はおそらく小説家になりたかったのでしょう。でも、書きかけの原稿があるものの、それを進めることができず、売れるために、会社のために、そして悪意にまみれた社会のために、ゴシップ記者として働いている。町田くんのピュアな世界と、悪意にまみれた記者の世界、この両方が同時に描かれている様は、まさに僕たちが普段眺めるインターネットニュースと同じだと思いました。

 悲惨な事故のニュースの真下に、映画のヒットについてのニュースがあったり、美味しいお店の紹介があったり、政治について語られていたり。そこに編集者の意図はありません。それを決めたのは読者のアクセス数であったり、公開された順です。それは誰が決めたでもない、集合体の欲望とも言えます。現在では当たり前のことですが、そこに違和感を覚えるのは私だけではないと思います。新聞や雑誌であれば、作り手たちの意思があるので、整理した情報を読み手は受け取ることができます。でも、読まれているものが上から順に並んでいくようなインターネットのニュースは、そこにカテゴラズがないんです。だから「どう読むか」「どう受け取るか」ということが、分からなくなって当然だと思います。国際問題も美味しいラーメンも芸能人のスキャンダルも並列なのが「現在」なのでしょう。でも、そんな状況を選んだのは「私たち」でもあるんです。だからこそ自問しなきゃいけないと思います。その現代人の象徴とも言える池松さんが演じる記者が町田くんと出会い、変わっていくさまに、私はこみ上げるものがありました。

      

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