『リズと青い鳥』『若おかみは小学生!』『ガルパン』……傑作を生み出す脚本家・吉田玲子とは

傑作を作り続ける脚本家・吉田玲子とは

山田尚子のひらめきを支える吉田玲子の言葉

 山田尚子と吉田玲子について語るには、それだけで独立した記事として作らないと語り尽くせない。ここでは2人の最新作『リズと青い鳥』から、その相性について語ってみたい。

『リズと青い鳥』(c)武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会

 『リズと青い鳥』は、みぞれと希美の2人の世界にフォーカスした作品だ。何ごとも事々しく起こらず、ふとした視線や瞬きの速度、わずかな唇の動きに豊かな感情を乗せて語る作品であり、まるで即興芝居で作ったかのようなリアリティと繊細な芝居で、京都アニメーションの画の力に圧倒される。

 では脚本の貢献度は低いのだろうか。美術批評家の土屋誠一氏は、 脚本において特段の工夫はないと述べている(参考:https://twitter.com/seiichitsuchiya/status/1083364232194740226)が、 筆者はそうは思わない。即興芝居のように見える芝居をアニメーションで構成するには高度に練られた設計図が必要だったはずだ。

『リズと青い鳥』特典アフレコ用台本(撮影=杉本穂高)

 『リズと青い鳥』特典のアフレコ用台本を読むとそれはよくわかる。アフレコ台本は脚本から絵コンテを起こして画にしたものを、再度文字にしたものなので、すべてのト書きや台詞が吉田玲子の手によるものではないが、彼女の書いた片鱗はそれなりに読み取れる。少し台本から引用してみたい。

クライマックス近く、希美がみぞれのソロ演奏に圧倒されて生物学室に逃げてきたところを、みぞれが追ってきたシーン、
希美(off)「なんか、同等になれるかなーって思って同じ音大行くって言った」
みぞれ 理解が追いつかない
希美が見せてくる感情が書庫になく、戸惑う
みぞれ「・・・・?」
希美「わたし才能ないからさ、みぞれみたいにすごくないから。音大行くって言ってればそれなりに見えるかなって、思って」
二人
希美は否定してほしい
寄り  希美、認められていると確認したい。考えが混線し
みぞれ「のぞみ」
希美「わたし、みぞれみたいにすごくないから」
どんどん惨めな言葉選んでしまう
思わず一歩下がってしまうみぞれ
希美も小さく半歩下がる

 こういうト書きは実写作品の脚本ではあまり見かけないが、「月刊シナリオ教室」2017年11月号のインタビューで吉田は、「アニメーションの場合はキャラクターが自分で考えて演技してくれるわけではないので、セリフのニュアンスや表情が伝わるようなト書きも書きます」(P.5)と答えており、アニメ作品ではよくあるようだ。しかし、コメンタリーで声優たちも言及しているが、本作の感情ト書きはかなり多いほうらしい。言葉で本音を言わない2人が主人公の本作ならではの配慮だろう。

 台本を読むと、アニメーターと声優がいかにしてこの静謐な作品に豊かな感情の波を乗せていったのかがよくわかる。キャラクターがどこで本音を我慢して、どのタイミングでそれが決壊して、その時どんな台詞が出てくるのか、非常に説得力のある構成がなされている。一歩下がるみぞれに対して、希美は半歩下がるなど、芝居の指定も非常に細かい(念のため再度書くが、アフレコ用台本なので、上記の引用箇所が吉田玲子の書いたト書きではない可能性もある)。

 どのシーンで、どのキャラを絡ませるのかの選択も上手い。廊下でする会話と教室でする会話は、当然異なり、それぞれに相応しいやり取りがあるが、それを踏まえつつ、キャラの組み合わせによってはそれをずらしていく。例えば、高坂麗奈が、みぞれに手を抜いているんじゃないかと迫るシーンがあるが、これは廊下のシーンだ。強気な麗奈だからこそ廊下でそんな会話ができてしまうというキャラ描写につながっている。

映画『聲の形』(c)大今良時・講談社/映画聲の形製作委員会

 シーン選択でいえば、『映画 聲の形』では橋のシーンが数多く登場する。「月刊シナリオ教室」のインタビューでも「大垣は水路のような川や堀が多く、そのため橋も多いんです。『川と橋』というのがメインビジュアルだけでなく、テーマ的にも象徴的だなと思いました。橋は、別け隔てるもの、"橋渡し"というように隔てていたものを渡すもの、という2つの意味を持たせています」(P.5)と語っていて、吉田のシーン選択は必然性やリアリティに留まらず、画のイメージで語る工夫がなされている。

 山田尚子は吉田玲子の脚本を「吉田さんのシナリオは言葉や景色だけでなく、その瞬間の匂いや色まで感じさせてくれます」と評しているが、彼女の豊富な映像センスにインスピレーションを与えているのは、吉田玲子の脚本なのだ。

泥の中のきらりと光る宝石

 吉田玲子のデビュー作『悪役志願』にはこんな台詞がある。悪役レスラーという存在に葛藤していた主人公が、悪役の魅力に気づき、自分だけの悪役のスタイルを作っていく時にこう言う。

「・・・薄汚くて抜け目ない、そんなワルでも、きらりと光る宝石みたいなものを持ってる」(「月刊ドラマ」1993年1月号 P.104)。

 吉田は、これと似た言葉を2013年の『たまこまーけっと』のインタビュー時にも残している。

「井上ひさしさんが登場人物の言葉として言わせているんですけど、『世の中には灰があって泥があったりするけれども、自分たちの仕事はその中から宝石を取り出して見せることだ』っておっしゃっていて。それすごくいいなあと思っていて。自分の仕事もそうでありたいなってのはちょっと思ってます」(「Cut」2013年2月号 P.19)

 デビュー作には作家性が強く反映されるというが、「きらりと光る宝石」というイメージは吉田が本当に大切にしているものではないだろうか。吉田の手がけた作品のどれもがそんな瞬間に満ちあふれているように思える。今年は湯浅政明監督の新作で再び脚本を務めていることがわかっているが、今度はどんな宝石を見せてくれるだろうか。

■杉本穂高
神奈川県厚木市のミニシアター「アミューあつぎ映画.comシネマ」の元支配人。ブログ:「Film Goes With Net」書いてます。他ハフィントン・ポストなどでも映画評を執筆中。

■公開情報
『きみと、波にのれたら』
6月21日(金)全国ロードショー
監督:湯浅政明
脚本:吉田玲子
音楽:大島ミチル
出演:片寄涼太(GENERATIONS from EXILE TRIBE)、川栄李奈
配給:東宝
(c)2019「きみと、波にのれたら」製作委員会
公式サイト:kimi-nami.com/

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