『劇映画 孤独のグルメ』に詰まった松重豊の愛 110分の空腹の後に訪れる幸福のために

『映画 孤独のグルメ』に詰まった松重豊の愛

 なんと『孤独のグルメ』らしい、『孤独のグルメ』愛に満ちた優しい映画だろう。

 フランス・パリを、松重豊演じる井之頭五郎が空腹とともに駆け抜けるお洒落映画かとほんの一瞬思わせておいて、気づいたら五郎は、嵐の中をスタンドアップパドルボードで突き進み、漂着した島で我流のサバイバル料理を命懸けで楽しみ、パリに住む千秋(杏)の祖父・市郎(塩見三省)の「子供の頃に飲んでいたスープをもう一度飲みたい」という願いを叶えるべく、究極のスープのために奔走する。

 相変わらず、自分の空腹のためと言いながら、気づいたら皆の幸せのために走っている松重・五郎さんである。そして観客は「腹減った オイオイオイ」というフレーズが印象的なザ・クロマニヨンズが歌う主題歌「空腹と俺」を頭の中に響かせたまま急ぎ足で劇場を後にして、自身の空腹を満たすべく「それぞれの孤独のグルメ」を探すだろう。そうやって初めて完成する『劇映画 孤独のグルメ』は、まさに丼一杯分、両手に収まるぐらいの温かい幸せを、私たちにくれるのだ。

 『劇映画 孤独のグルメ』は、2024年10月に放送された特別編『それぞれの孤独のグルメ』を含めると11作になるテレビ東京の人気グルメドキュメンタリードラマ『孤独のグルメ』の映画版である。原作は久住昌之、画は谷口ジローの同名人気コミックをもとにドラマ化された本作は、変わりゆく時代を映しながら、コロナ禍、災害等で揺れる飲食店業界と並走しつつ、俳優・松重豊自身の魅力も存分に取り込み、「変わらない良さ」を貫き続けてきた。

 しかし、昨年から今年にかけての流れは一風変わっていた。主演である松重豊自身が構想、企画発案した特別編『それぞれの孤独のグルメ』の放送。毎年恒例の『大晦日スペシャル』を経て、主演・脚本・監督を松重が手掛ける『劇映画 孤独のグルメ』が上映されたのだ(脚本は本シリーズの脚本を担当している田口佳宏と共同脚本)。つまり『それぞれの孤独のグルメ』と『孤独のグルメ2024大晦日スペシャル』もまた、映画に至るまでの重要な布石だったのだろう。

 『それぞれの孤独のグルメ』が描いたのはまさに「私たちの『孤独のグルメ』」だ。ある意味、五郎自身の「独食」シーンとは別のテーブルで1人ご飯を食べている人の人生にスポットライトを当てた話だった。世代や職業の異なる主人公たちのある日のご飯の風景は、食と人との出会いが何気ない一日を輝かせることを通して『孤独のグルメ』の普遍性を伝えていた。『孤独のグルメ2024大晦日スペシャル』は “とある映画のフィルム”を運んでほしいと依頼された五郎が、行く先々でお願いを断れず、最終的には石川県能登の穴水町に辿りつく話。空腹に駆られいつものごとく店を探しに町を駆け抜ける五郎が、能登半島地震の被害を目の当たりにして足を止める場面が心に残った。

 パリから始まって、『孤独のグルメ』シーズン1第1話の店「庄助」の前で終わり、尚且つ準レギュラーである滝山(村田雄浩)が活躍する本作には、松重豊の『孤独のグルメ』愛が溢れている。もしくは、松重による『孤独のグルメ』とは何かのアンサーが詰まっている映画と言える。

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