『バーフバリ』などの娯楽大作だけじゃない “小さな人間ドラマ”を描くインド映画の新潮流
『バーフバリ』の大ヒットをはじめとして、『PK』、『ダンガル きっと、つよくなる』など、インド発の娯楽大作の存在感がここ日本でも近年増しているようだ。ボリウッドをはじめとするインド産エンターテインメントの「突き抜け方」はハリウッドのそれと比べて明らかであり、その濃厚さ、その華やかさ、そのエネルギーが日本の観客をも楽しませ、踊らせているのだろう。『パッドマン 5億人の女性を救った男』や『バジュランギおじさんと、小さな迷子』といった本国でヒットを記録した作品の日本公開も控えているが、こうした作品群はただ楽しいだけでなく、インドの社会背景や文化をありありと伝えてくれるという点でも魅力的だ。
しかしながら、娯楽大作だけがインド映画のすべてではない。とりわけここ数年、インド国外の映画祭を中心に高く評価される小規模な作品が顕在化しており、インド映画の層の厚さ、そして表現力の高さを伝えてくれる。ここでは、そんなインド映画の多面性を象徴する人間ドラマの良作をいくつか紹介したい。
現在公開中の『ガンジスに還る』は、インドの聖地として知られるバラナシを舞台にした作品だ。死期を悟った老境の父・ダヤがあるとき死ぬためにバラナシに行くと宣言するところから始まる物語で、父の旅にしぶしぶ付き合った息子・ラジーヴが次第に家族や人生と向き合っていく様を描いている。ささやかなエピソードを重ねながら、死を前にすることで生とは何かを静かに問いかける小さくも叙情的な佳作だ。朝日に照らされるガンジスの光やバラナシの町の活気、そこで生死が交錯する様を映す旅情に満ちた画面がなんとも味わい深い。
ガンジスはヒンドゥー教において聖なる河とされており、ほとりの火葬場では毎日たくさんの遺体が焼かれている。朝日を浴びながら人びとは沐浴をし、夜にはプージャーと呼ばれる儀式もほぼ毎日行われている。そうした「昔ながらのインド」が舞台になってはいるのだが、本作の背景にあるのはむしろ急速な経済発展を遂げ変わりゆくインド社会にある。息子ラジーヴは典型的な現代インド人として登場しており、バラナシに赴き父と暮らしていてもはじめは仕事が気がかりで携帯電話を手放せない。忙殺されて心がすり減っており、肉親の死にきちんと向き合えていないのだ。だが、そこで父と同じ時間を過ごすことで、ようやく父と自分の関係性や、自分の人生を回顧するようになるのである。それはどこか、現代インド社会が忘れている死生観や哲学を思い出すかのようだ。