映画について書く・語るという行為は新たな時代に突入しているーー『映画評論・入門!』モルモット吉田インタビュー

映画について書く・語るという行為は新たな時代に突入しているーー『映画評論・入門!』モルモット吉田インタビュー

 映画評論とは何か? それはなくてはならないものなのか? 気鋭の映画評論家・モルモット吉田氏の初の単著『映画評論・入門! 観る、読む、書く』が洋泉社より発売中だ。同書では、評論を巡る論争・事件の歴史から、“名作“”の公開当時の批評分析まで、徹底した調査と巧みな整理によって、映画の魅力、映画評論の面白さが紐解かれている。

 このたび、リアルサウンド映画部では著者モルモット吉田氏にインタビューを行った。本書構成の背景から、自身に影響を与えた映画評論家の存在、そしてこれからの映画評論の在り方について、たっぷりと語ってもらった。(編集部)

 

 新しい批評の熱気

――『七人の侍』や『ゴジラ』など、現在“名作”と位置付けられている作品も、公開時は批評家や新聞記者を通して非常に活発な議論が行われていたことが本書を読むとよく分かります。こうした批評の熱気は、今の時代にも引き継がれているのか、もしくは断絶しているのか、どう考えていますか。

モルモット吉田(以下、吉田):本書で一部引用した評も、現在の視点から読むと、的が外れている、ちゃんと観ていないと感じるものもあります。もちろん、現在のようにDVDも無ければ、何度も観て書かれていないこともあって、今だとネットで突っ込まれそうな勘違いをしたまま書いた、いいかげんな批評もかなりあります(笑)。それでも、宣伝会社によるネタバレ防止の度が過ぎた制限もなく、評論家・新聞記者の批評に自由を感じる部分はありますね。それも映画が国民の娯楽の王座にあった時代ならではの活気があったからでしょう。それでも、『七人の侍』『ゴジラ』に寄せられたような自由に賛否を飛び交わせた批評が今も出てきてもいいと思います。

 去年の『シン・ゴジラ』や『君の名は。』、一昨年の『マッドマックス 怒りのデス・ロード』のように、観客がその作品について書きたい、語りたいと思わせる熱気を帯びた作品がSNSなどで拡散する状況を見ていると、紙媒体でプロを名乗る映画評論家や映画ライターなど不要で、観客同士が繋がっていくことで映画の魅力が発見されていくのを実感します。その熱気は本書で取り上げた1950〜70年代にかけての映画論争の熱気とも近しいものがあるかもしれません。そういう意味では、映画について書く・語るという行為は新たな時代に突入していると感じます。

――過去と現在、何がもっとも違う点でしょうか。

吉田:昔は、観客たちがまだ観られない作品を先に試写で観た評論家が、その中から観るべきものを読者に伝えるという、はっきりした上下関係があったと思います。映画館の環境も良くなかったので、イマジカの試写室じゃないと観たうちに入らないとか自慢する人もいましたからね(笑)。

 でも、今は映画祭や海外盤のブルーレイを取り寄せたりすれば、評論家よりも早く観ている人はザラにいます。そういう人の方が情報も早くて詳しい。それに、評論家が試写室で公開前に観ていると言っても、スクリーンは小さいし、古い試写室だと音響が悪い。同じ映画を音響設備のしっかりしたシネコンやミニシアターで観ると、とても同じ映画に思えないことがあります。今の作り手は音響に関しても細かく演出していますから、試写だとそこを聴き落としている可能性もあるわけです。その意味では、公開初日に環境の整った劇場で観る観客が、最も早く作り手の意図した状態で観ることができるんです。それから映画雑誌でも特集記事を除けば批評が掲載されるのは公開後が多いので、初日に観た観客がFilmarks(フィルマークス)のような短評レビューアプリや、ブログなどで感想を書く方が、読者はいち早く、率直な感想を知ることができるので、今は観客によって映画が書かれ、読まれる時代です。実際、ネットのレビューを読むと映画雑誌に載っているものより遥かに面白い文章を書く人がいます。また、もう少し基本的な事実関係を押さえて書けばもっと良くなると感じる人もFilmarksなどにたくさんいます。かつては映画雑誌の読者欄からプロになる人がいましたが、今後はネットからそうした人が多く登場することになると思います。

――吉田さん自身は最初、ブログから批評を発表されましたね。

吉田:元々は小学生の頃から書いていた映画の感想ノートをブログに移行して書いていただけです。特に誰に読んでもらうつもりもなく、自分が後で読めるように書いていたんです。10年前、松江哲明監督の新作公開に合わせて特集上映が行われることになり、解説文の一部を依頼されたのが紙媒体で最初に書くきっかけです。その直後に市川崑監督が亡くなって、『映画秘宝』で追悼特集をやるので、「20代の市川崑ファン」として依頼されたのが商業誌で書いた最初です。松江監督や市川監督についてブログによく感想を書いていたので、それがたまたま目に留まったんでしょう。後に商業誌へアピールするために市川崑と松江哲明を選んで集中的に観ていたのかと訊かれたことがありましたが、本当に好きじゃなかったら、マイナーな作品が上映されるのを聞きつけて遠方まで観に行く気力はわかないと思います(笑)。

 映画について書くなら、自分の偏愛するジャンルや得意分野を持っておくと良いと思います。今は偏らずにバランス良く話題作について書くというタイプがネットでは多いのではないかと思いますが、どんなに小さな作品でも追いかけたいと思える監督や俳優を見つけると、その積み重ねが、他の書き手にはない個性になります。昔の『映画評論』という雑誌でも、ベテランの評論家は巨匠監督や話題作を書くのですが、若手の評論家は、当時まだ注目されていなかった鈴木清順や加藤泰を発見して書くことで頭角を現しました。今は、自主映画やNetflixなどの配信オリジナル作品をはじめ論じられていない作品は多々あるだけに、そこに埋もれた傑作を見つけ出して欲しいですね。

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