モルモット吉田の『映画 山田孝之3D』評:山下敦弘×松江哲明を飲み込む山田孝之のキャパシティ

モルモット吉田の『映画 山田孝之3D』評

 記憶の糸をたどる行為は楽しい。深掘りしていくと、脳内奥深くのひだに隠れたぼんやりした風景が鮮明とまではいかなくとも、輪郭ぐらいは浮かび上がってくるかも知れない。インタビューでそうした記憶を呼び覚ます覚醒装置となるのが、インタビュアーの役目だ。

 例えば、あなたが山田孝之をインタビューすることになったら、当日までに何を準備するだろうか。ヒネった質問を考える前に、知っているようで知らない山田孝之について改めて知識を得なければならない。彼の職業は俳優である。代表作に『クローズZERO』『闇金ウシジマくん』『凶悪』『勇者ヨシヒコ』等々があるが、全部は無理としても、主な作品を見返したり、特典映像にメイキングやインタビューが入っていれば見ておくと参考になるだろう。本人の言葉が掲載された劇場パンフレット、雑誌が手元にあれば読んでおくのも良い。手間暇を惜しまないなら、図書館に行けば各作品の公開時に雑誌に載ったインタビューや、何かの機会に半生を語ったものを発見できるかも知れない。

山田孝之著『実録山田』

 それが面倒なら、一冊にまとまった本がないか調べてみる。幸い『実録山田』(山田孝之 著/ワニブックス)という著書が出ている。そこには山田孝之の観察眼が発揮された日常の中の奇妙な光景や、自身の幼少期の話、観客との関係、演技について、東京について、などが記されている。唐突に脚本形式になったり、対談が入ってきたりする不規則な構成や文体は、横山やすしの本と同じく、よくあるタレント本とは一線を画す〈本人直筆本〉であることを実感させる。

 これらを踏まえた上で、さて、自分なら何を山田孝之に訊くかを考えることになる。おそらく、『映画 山田孝之3D』の作者たちも、概ねこうした手順に従って、質問を準備したのではないかと思う。というのも、『実録山田』に書かれている幾つかの項目が映画にも登場するからだ。例えば、イッツコムチャンネルの東急線の車窓映像、『凶悪』における演技などは、同書を基にした質問である。活字なら、先行した本と同じ質問をして同じ答えが返ってくるだけでは芸がないところだが、映像なら、実際の車窓映像、『凶悪』の本編映像を発言内容に沿って映すこともできる。こうして、言わば『実録山田』を原作として、インタビュアーの山下敦弘が山田に様々な質問を投げかけることで、やがて幼少期の記憶、友人関係、家族との思い出など、脳内の奥深くに眠っていた記憶が掘り起こされてゆく。

 そして、ここに共同監督として松江哲明が加わることで、本作は思わぬ多重化を見せ始める。松江は『あんにょんキムチ』『童貞。をプロデュース』『あんにょん由美香』の様に、一定期間にわたって撮影を行う作品がある一方で、女友だちの部屋を3日間泊まり歩いて、3人の女性にカレーライスを作ってもらう『カレーライスの女たち』、1日で行われるAV撮影の中で男優と女優がそれぞれ在日2世、中国人留学生らの視点から語る『セキ☆ララ』(AV題『アイデンティティ』)など、短期間で撮りきってしまう作品も混在している。その極めつけが撮影時間=上映時間となる、全篇1シーン1カットによって74分で映画が撮り終わってしまう『ライブテープ』だろう。

 おそらく松江は、製作費も撮影日程も極めて限定された条件を提示された時に、山田孝之を1日拘束して質問攻めにする時間があるなら、映画になる勝算があったに違いない。ただし、その撮影は合成用のグリーンバックが貼られたスタジオで行い、3D映画にする――。このコンセプトによって、製作条件を逆手に取ってマイナスが一気にプラスに転じ始める。生身の肉体を持つ者は山田孝之さえいればいい。彼はインタビューの中で饒舌に語り、別日に撮影されたイメージカットの中では俳優としての実力を存分に見せつける。たかが劇中の再現映像などと手を抜いていないことは、漫☆画太郎原作の『左翼ボクサーのぼる』の主人公を熱演するところからして明らかである。

 ところで、なぜ本作は3D映画なのだろうか。松江が以前監督した『フラッシュバックメモリーズ3D』は、ミュージシャンのGOMAが撮りためた映像、絵、日記などを背景に配置し、その手前で現在の彼が行うライブが映されることで、過去と現在を3Dの手前と奥のレイヤーに分けて表現した。これによってGOMAのその時々の心境、言葉がダイレクトに映像で伝わってきたが、『映画 山田孝之3D』は家族とのホームビデオや写真といったものは登場しない代わりにインタビューから発せられる言葉で過去が浮かび上がってくる。正直なところ、『フラッシュバックメモリーズ3D』に比べると、本作の3D効果と意図は弱いと思うのだが、3Dの活用方法を同じと考えると確かに見劣りする。

 しかし、本作の3Dは土台となる山田孝之というレイヤーの上に、山下敦弘が乗り、その上のレイヤーには芸術監督の長尾謙一郎、さらにアニメーションのひらのりょうが重なり、最後に全体の調整レイヤーとして松江哲明がいると考えると、異なる一面が見えてくる。劇映画・ドキュメンタリー・漫画・映像・アニメーション等々、各分野からそれぞれの手法で山田孝之と向き合ったものが、3D画面の手前と奥のレイヤーに同時間軸上に並べられることで、ごった煮の様な奇妙な映画を醸成し始める。

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