“殺人お爺ちゃん”が迫り来る恐怖ーー『ドント・ブリーズ』斬新なスリラー演出はどこから生まれた?

『ドント・ブリーズ』はなぜ新感覚?

 12月16日公開の『ドント・ブリーズ』は、わずか10億円で製作され、世界で興行収入約160億円を売り上げたホラー映画だ。『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』のように画期的な撮影方法や演出で注目を浴びた低予算作品は数あれど、『ドント・ブリーズ』はそういったワンアイデアだけではない“巧さ”が際立つ作品でもある。

 本作をサム・ライミのもとに持ち込み、脚本・監督を手掛けたのは『死霊のはらわた』リメイク版で知られるフェデ・アルバレス。ライミ印のホラー映画のように思われている節もあるが、実は本作はアルバレス監督が『死霊のはらわた』以上に実力を発揮した作品なのである。

“視覚のシャットダウン+殺人マシーンお爺ちゃん”が生むかつてない緊張

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 3人の若者が老人の家に強盗に入り思わぬ反撃にあうという物語は、いかにもジャンル映画といった趣きである。老人が湾岸戦争で視力を失った退役軍人で、異常に発達した聴覚と嗅覚、そして筋力を備えていることを除けば。本作ではこの設定を最大限に生かし、超感覚おじいちゃんから逃れるための緊張感あふれる駆け引きが繰り広げられる。

 若者たちが侵入時に壊した窓ガラスの破片や、脱いだ靴、換気扇、洗濯機など、さして重要に思えなかったアイテムが、視覚がシャットダウンされることで思わぬ障害となったり、逆に武器になったりするのには驚かされる。「Don’t breath(息をするな)」とのタイトルどおり、鼓動や息遣いの一つひとつが運命を左右する、これまでにない感覚的な演出が全編に冴えわたるのだ。

 また、若者たちが戦う相手が訓練された元軍人であることもさらなる緊張感を生み出している。何しろ相手は感覚的に向かってくる狂人ではなく、“そのための”戦略と技術を持ったプロだ。舞台となる一軒家の構造を把握し、ためらいなく銃を撃ち、的確に急所を刃物で刺し、絞め技まで使ってくるのである。『ジョン・ウィック』のような、「舐めてた相手が実は殺人マシーンでした」系映画とホラースリラーを融合させた、ありそうでなかった作品なのである。

描くのはあくまで生(なま)の恐怖 サム・ライミとは対照的な生真面目な演出

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 本作の真の魅力はワンアイデアの演出だけではなく、世界観やキャラクターたちの生々しさにある。舞台となった全米で最も失業率・犯罪発生率が高い都市・デトロイトをはじめ、すべてが現実世界(とくにアメリカの現在)を象徴するもので構成されているのである。

 主人公であるホワイトトラッシュ(白人の低所得者層の蔑称)の少女ロッキーは、貧困から脱出するためとはいえ、金に対してあくなき執念を燃やし、警備員の息子で防犯知識と情報をもつ友人アレックスを重犯罪に巻き込んでいく。いわずもがな、ロッキーの恋人マニーは、きちんと教育を受けず、ならずものとなってしまった男だ。

 対する盲目の老人は、金持ちに娘を事故死させられ示談金を受け取った男だが、吐き気を催すような狂気を地下室に隠していることが明らかになっていく。その複雑な描写は、戦争によって精神を蝕まれたありがちな退役軍人像とは一線を画す、欲望と憎悪を持ち続ける生々しい人間の姿だ。

 盲目の老人を演じたスティーブン・ラングは、『アバター』のマッチョな軍人クオリッチ大佐役で知られた俳優。ここ数年は『沈黙のSHINGEKI/進撃』『ジャーヘッド2 奪還』といったB級アクションで見かけることが多いが、実はロバ―ト・デ・ニーロらを輩出したアクターズ・スタジオ出身者だ。演技巧者であり、長年軍人を演じたラングだからこそ、この複雑な役柄に説得力を持たせることができたのである。3人の若者も老人も、貧困と犯罪が生み出した“すぐそこにいてもおかしくない”人物だ。

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