坂元裕二は“日常の愛おしさ”を描き続ける 『片思い世界』に込められた“ひと匙の希望”

坂元裕二『片思い世界』が描く日常の愛おしさ

「片思い」は必ずしも恋愛だけを意味しないし、どれだけ相手を強く思ったとしても、その願いがいつか成就するとは限らない。そして、いつまでも続くと思っていた日常が突然、途絶えてしまう“理不尽さ”が、この世界には存在している。

 しかし、そんな不条理な世界においても坂元裕二は「日常の愛おしさ」を描き続ける。 2月7日に公開された映画『ファーストキス 1ST KISS』では15年にわたる夫婦生活の営みに点在する「他愛のない日常の愛おしさ」を。そして、4月4日に公開された映画『片思い世界』では、とりとめのない日々に秘められた「かけがえのない日常の愛おしさ」を映し出していた。

 まさに社会現象を巻き起こしたと言っても過言ではない映画『花束みたいな恋をした』(2021年)の土井裕泰監督と再タッグを組み、今の時代を代表する役者となった広瀬すず、杉咲花、清原果耶をトリプルヒロインとして贅沢にもクレジットした本作。

 家族でも同級生でもないのに、12年の時を同じ家で暮らす美咲(広瀬すず)、優花(杉咲花)、さくら(清原果耶)。異なる感情に包まれた「片思い」を抱えながらも、特別な絆で結ばれた3人が育んだ愛おしい日々が綴られる。

 仕事に授業にアルバイト。それぞれが選んだ場所で、何の変哲もない一日を過ごす彼女たちは、決して劇的な「物語」を歩んでいるようには映らない。そんな3人の当たり前の世界を尊重しているようにも思えたのが、日常の裏でひっそりと鳴っている音楽だ。この映画には「劇伴」がない。忙しい朝の支度時間に流れるラジオ、通りすがった道端から聴こえてくる路上ミュージシャンの演奏。劇場で観ている人の耳に小気味よく響くmoonridersの音楽はすべて、画面の奥にいる3人の耳にも届いているのだ。

 想像しているよりもずっと、音楽は日常と密接な関係がある。だからこそ、作品の雰囲気をカタチ作る「劇伴」としてではなく、あくまで彼女たちが過ごす世界のBGMとして流れている音楽は、「日常の愛おしさ」を描く坂元裕二のアプローチとして一貫しているように思えた。

 さらに、3人のシスターフッドを語るうえで欠かせないのが、12年もの長い時間をともに暮らすことになる古びた一軒家。かつては画家が住んでいたというその家には、彼女たちのお気に入りのアートワークがちりばめられている。最新のものではなく、年季の入ったものを。ピカピカしたものよりも、手触りのあるものを。彼女たちが眠るベッドの側や本棚の中身に目を凝らしてみると、3人のキャラクター性と子どもから大人になる成長の跡が色濃く滲んでいることがわかる。「何でもないんだって」「何でもないって何でもあるときに言うことだね」「本当に何でもないときはなんて言えばいいの?」と間髪入れずに美咲とさくらが言い合うような、坂元裕二が得意とする遊び心に溢れた会話劇は、どれもノスタルジックな12年の月日に塗れたあの家で起こる、他愛のない日常として繰り広げられていた。

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