『プラダを着た悪魔2』テック長者が悪役として描かれるワケ ミランダとアンディが向き合った危機の正体とは?

テック長者と『プラダを着た悪魔2』

 ライター・編集者の速水健朗が時事ネタ、本、映画、音楽について語る人気ポッドキャスト番組『速水健朗のこれはニュースではない』との連動企画として最新回の話題をコラムとしてお届け。

 第39回は、映画『プラダを着た悪魔2』のアンディとミランダの関係性と、テック長者について。

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アンディとミランダの現在地

 映画館で『トイ・ストーリー5』の予告編をやっていた。今回は、電子タブレットが登場し、おもちゃたちがお払い箱になってしまうという展開になりそうだ。子どもの遊び相手の座を物としてのおもちゃがデジタル端末に奪われる。さて、ウッディとバズはその危機をどう乗り越えるのか。

 このシリーズは、おもちゃの仲間たちの群像劇として描かれがちだが、こちらとしては、ウッディとバズのバディの物語であってほしい。おもちゃたちに迫る危機をウッディとバズのコンビがどう切り抜けるのか。そういう話であれば、やはり観たくなる。

 というわけで本編に話を移すと、僕が観に行ったのは『プラダを着た悪魔2』である。物語が始まって10分ほどで、どうやら本筋は『トイ・ストーリー5』の予告とよく似た構図らしいとわかる。

 アンディは、20年の間に立派なジャーナリストになっている。すでに著作もある作家なのだが、その業界そのものがもう立ちゆかなくなっている。ジャーナリズムの母体となる雑誌は経営的に厳しく、アン・ハサウェイ演じるアンディもまた、お払い箱寸前。アンディもウッディも、テクノロジーの変化や、雇い主、あるいは持ち主の環境変化によってお払い箱になろうとしているのだ。

 2人が直面しているのは、同じ種類の危機である。自分の能力が衰えたわけではない。急に無能になったわけでもない。ただ、周囲の環境が変わってしまった。どちらも、テクノロジーの変化によって、自分が必要とされていた場所そのものが崩れていく話である。どの業界で働く人間にとっても、他人事ではないだろう。

 一方、アンディのかつての上司であるミランダは、いまも『ランウェイ』誌の編集長である。ファッション業界はさらに巨大な産業になっている。しかし、編集長の立場は以前とは少し変わっている。紙の雑誌の全盛期は終わり、ビジネスの中心はネットへと移っている。ミランダが仕事の鬼であることは変わらない。だが、編集部を動かすルールは、20年前と同じではない。

 かつてのミランダは、絶対的な編集長だった。雑誌の世界で何が正しく、何が美しく、何が価値を持つのかを決める存在だった。しかし、いまはその権力も、経営や数字やネットの反応によって制限されている。編集部員の労働意識も変わっている。仕事にすべてを捧げることが当然だった時代ではない。ミランダの厳しさは相変わらずだが、それをそのまま部下に押しつけることは、もはや許されにくくなっている。

テック長者が文化産業の上位に立つ時代

 今作では、そのミランダに進退問題が振ってかかる。『ランウェイ』誌の親会社の新しい経営側は、ファッションにも雑誌にもそれほど思い入れがない。求めてくるのは、予算削減である。一方でミランダに取って代わろうとする人物も現れる。その背後にいるのが、やはり資産家の投資家である。悪役は、テック系や投資家タイプの大金持ちである。

 作品内でテック系や投資家タイプの大金持ちが、ここまでわかりやすく悪役になる。その背景を考えるとき、どうしても思い出す現実のエピソードがある。サム・バンクマン=フリードとアナ・ウィンターを巡る話だ。

 このエピソードは、サム・バンクマン=フリードを追いかけていたノンフィクション作家のマイケル・ルイスの著作『1兆円を盗んだ男 仮想通貨帝国FTXの崩壊』(訳・小林啓倫)の序盤で登場する。バンクマン=フリードは、2019年に暗号資産取引所FTXを設立し、一時は保有資産が100億ドルを超えるビリオネアとなった人物である。その彼が、アナ・ウィンターからメットガラへの参加を持ちかけられたことがある。アナ・ウィンターは、ミランダのモデルとされる人物であり、長年『VOGUE』を率いてきた編集者である。

 2人の間にはリモート会議が設定された。ウィンター側は、FTXにメットガラのスポンサーになってもらい、バンクマン=フリード本人にもレッドカーペットを歩かせようとしていたらしい。ところが、その会議の最中、バンクマン=フリードはずっとゲームをしていたという。しかも、最終的にその誘いも断った。

 彼はファッションにまったく興味がなかった。「カーゴの短パンにTシャツ、よれよれの白い靴下、ぼろぼろのニューバランスのスニーカー」。これが「彼のお決まりの服装」なのだとマイケル・ルイスは記している。このメットガラ用に、ルイ・ヴィトンやトム・フォードがデザインした短パンが用意される話もあったが、それに彼は関心を示さなかった。

 その後、FTXは破綻し、バンクマン=フリードは詐欺で有罪となった。結果的に見れば、アナ・ウィンターは袖にされて助かったとも言える。ファッションの世界の頂点にいる人物が、ファッションに何の敬意も持たないテック長者に接近しなければならなかった。その構図そのものが『プラダを着た悪魔2』の世界に重なっている。

 金はある。だが、その世界の作法には関心がない。その人物が文化産業の上位に立とうとする。この構図がいまの映画では悪役として描かれやすくなっている。

 『プラダを着た悪魔2』は、ミランダとアンディの関係の物語でもある。もちろん、仲良しの2人というわけではない。そもそも上司と部下であり、仕事や成功に対する考え方もまるで違う。そして何より資本主義に対するスタンスが真逆である。ただ、危機に陥ったとき、同じ側に立つ者同士として、2人はその危機に向き合うことになる。『トイ・ストーリー5』の予告を観たあとだったせいもあり、ミランダとアンディの関係がウッディとバズのコンビに重なって見えた。

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