連載10周年『応天の門』灰原薬が明かす、“平安サスペンス”の創作背景 「神童」を堅物な少年へ、貴公子を「食えないおじさん」へ

『応天の門』灰原薬が語る、連載10年の歩み

 学問の神様として知られる若き秀才・菅原道真と、京随一の色男・在原業平。史実では年齢も立場も離れた二人がバディを組み、都に蔓延る怪事件をロジックで解き明かしていく――。 

 『月刊コミック@バンチ』『月刊コミックバンチ』を経て、現在は『コミックバンチKai』にて連載中の『応天の門』は、緻密な時代考証に基づきながらも、現代的なキャラクター造形とエッジの効いたサスペンスフルな物語で読者を魅了し続けている。第20回文化庁メディア芸術祭マンガ部門新人賞を受賞した本作は、2024年に舞台化も果たし、連載はついに10年を超える大台に。

 コミックバンチ25周年の節目に、“看板”の一角を担ってきた作者の灰原薬氏に話を聞いた。

「他社では描かせてもらえなかった」企画を拾ってもらった縁

――灰原先生はこれまで多様な版元・媒体で実績を積んでこられましたが、その豊富なキャリアの中でも『バンチ』での連載は10年を超える最長のものとなりました。改めて、先生にとって『応天の門』はどのような作品でしょうか。

灰原薬(以下、灰原):こんなに長く描かせていただけるとは思っていませんでした。まだ描いている最中なので、総括的な言い方はできないのですが、作品と苦楽を共にしていると感じています。

『応天の門(1)』

――本作が『コミックバンチ』でスタートすることになった経緯を教えてください。当時、「平安サスペンス」という斬新な企画を立ち上げた際のきっかけは何だったのでしょうか。

灰原:大学の講義でちょっと習っただけの時代なんですが、結構ブラックボックスでおもしろいなと……。あとは正直に言うと、他社では描かせてもらえなかったのを、以前お仕事をした現担当さんに拾ってもらいました。本当に感謝です。

――史実ではあまり強い結びつきが語られる関係ではない菅原道真と在原業平ですが、この二人を“バディ”として描こうと思った決め手は何だったのでしょうか。

灰原:同時代に生きていても、別々に語られている人物だというのが逆に面白いと思いました。後世での語られ方や扱いも、真逆ですから。

「神童」を堅物な少年へ、貴公子を「食えないおじさん」へ

『応天の門(11)』

――史料では「神童」として知られる菅原道真を、作中では“コミュニケーションが苦手な若き秀才”として描いています。この人物像はどのような発想から生まれたのでしょうか。

灰原:平安時代というと「百人一首」や「恋の歌」といったイメージが自分にもあったのですが、菅原道真は漢詩でも和歌でも、人物の情緒より自然や季節感などの歌が多く、のちの政争などからもあまりチャラついたイメージがなかったので、勝手に堅物にイメージした結果です。毎月、バチが当たりませんようにと思って描いています。

――一方の在原業平は「色好みの貴公子」でありながら、どこか食えない人物として描かれています。このキャラクターを描くうえで意識されている魅力はどのような点でしょうか。

灰原:漫画ではもう中年なので、いわゆるモテ、色男、イケメン、ではない部分の魅力をフォーカスしようと思っています。

――平安時代の文化や社会が非常にリアルに描かれています。当時の「空気感」や「生活臭」にまで落とし込む資料集めやシナリオ構成の面でのこだわりを教えてください。

灰原:取材に行こうにも調べようにも、いろいろ残っていないので、時代劇スタイルというか、「それっぽさ」を何より優先しています。読んだ方が「当時の空気感がリアル」みたいに騙されてくだされば、本当に嬉しいです。当時の空気感なんてものは、本当は誰にもわからないので……。

監修・本郷和人先生とのやり取りと、怪異を解くロジック

――本作では、東京大学史料編纂所の本郷和人先生が監修を担当されています。制作の中で、歴史の専門家のアドバイスを「漫画としての面白さ」へ昇華させる際のエピソードを教えてください。

灰原:まずは連載開始前に、ひたすら無知な状態から質問を山ほどして教えていただくスタイルでした。「漫画としてはこうやってウソを描きたいんだけど、どこまで大丈夫ですかね?  どうすればそれっぽく見えますかね?」という厄介質問を送って、「この文献にこういう記述があるから、こういう描き方ならセーフかも」など、無理をねじ込んで聞いていただいています。

――怨霊や呪いを「人間の仕業」として解き明かしていく点も本作の大きな魅力です。あえて怪異をロジックで解体する手法について、どのような面白さや難しさを感じていらっしゃいますか。

灰原:平安時代といえばオカルトとファンタジー、といった作品はたくさんあるので、私は別の方向で、といった「逆張り」です。当時にも当然、医者や技術者や研究者はいたのですが、記録を調べるのが確かに大変すぎて、全て物の怪の仕業にしたくなってはいます(笑)。

――ミステリー要素のある作品として、事件の真相やトリックはどの段階で決めることが多いのでしょうか。

灰原:古典の説話逸話などから着想を得ることは多いです。しかし何を描くにも、「これってこの時代にもうある? 日本に来てる? 中国にはある?」を調べるのに一番時間がかかります。あとは毎度慌ただしすぎて、記憶がありません。

「幅と懐の深さ」があるバンチで、最終回まで

――本作は、怪異の解決にとどまらず、朝廷内の権力闘争などが複雑に絡み合っています。こうした要素を取り入れることで、どのような深みを生み出したいと考えていらっしゃいますか。

灰原:同じ時代でも老若男女、いろいろな立場の人がいるので、読んだ方がどれか一つでも気に入ってくださるエピソードがあればいいなと思います。

――『コミックバンチ』の誌面を見ていて刺激を受ける作品や、意識することのある連載はありますか。

灰原:自分があまり知らない時代の歴史物や、知らない立場のものにはすごく惹かれます。拙作もそうあればいいなと思います。単純に読者としては『ガールクラッシュ』が好きで……天花ちゃんがかっこよくて……。

『応天の門(21)』

――灰原先生にとって『バンチ』(雑誌・WEB)はどういう媒体でしょうか。

灰原:場所をくださってありがとうございます。幅と懐の深さに感謝しております。

――最後に、読者へのメッセージをお願いします。

灰原:想定していたよりも長く読んでいただける作品になって、自分でも驚いております。いろいろのご縁をいただいて貴重な経験をさせていただきつつ、物語としても成長できていれば幸いです。どうぞ最終回まで読んでいただけますよう、これからもよろしくお願いいたします!

■関連情報
「コミックバンチKai」2周年企画として、5月6日(水)0:00~23:59の一日限定で「応天の門」が全話無料公開! この機会にぜひご覧ください!

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