成馬零一 × 宇野維正が語る、坂元裕二とドラマ批評の現在地「坂元裕二の“遺伝子”が枝分かれして広がってる」

成馬零一×宇野維正『坂元裕二論』対談
成馬零一『坂元裕二論 未来に生きる私たちへの手紙』(blueprint)

 1990年代に『東京ラブストーリー』で“トレンディドラマの旗手”として時代を掴み、2010年代には『Mother』『それでも、生きていく』『カルテット』などで作家としての評価を確立。さらに2020年代は『花束みたいな恋をした』『怪物』で映画界でも存在感を増し、いまや世界的にも注目される脚本家・坂元裕二。

 ドラマ評論家・成馬零一による最新刊『坂元裕二論 未来に生きる私たちへの手紙』(blueprint)は、その膨大なフィルモグラフィーを“時系列で辿りながら”、坂元作品に通底する問いと変化を描き出す本格評論集だ。

 本書の刊行を記念し、成馬と映画ジャーナリスト・宇野維正が対談。『坂元裕二論』の書き方から、SNS以降の視聴体験、ミートゥー/キャンセルカルチャーが批評にもたらした影響、そして“連ドラの方法論”が成立しにくくなった現在まで――ふたりが坂元作品を起点に、ドラマ批評の「いま」を言葉にしていく。

成馬零一 × 宇野維正が語る、坂元裕二とドラマ批評の現在地

『坂元裕二論』の設計図

宇野維正:成馬さんの『坂元裕二論』、まず面白かったのが、すごくフラットなんですよね。自分だったら好きな作品に寄って書いちゃうと思うんだけど、作品ごとの分量が比較的均一で、評価が高い/そうでもない、みたいなところも含めて同じテーブルに置いてる。あれはどういう意図だったんですか?

成馬零一:この本は目次がシンプルで、坂元裕二の経歴を時系列順に四章に分けています。第一章がデビューから96年まで。第二章が復帰後の2002年~2009年。第三章が2010年~2018年。第四章が2020年~2025年。ただ、第一章と第二章は結果的に“状況”と“代表作”を絞って書く形になりました。第一章は『東京ラブストーリー』がメインで、第二章は『私たちの教科書』が中心。2010年以降は、連ドラを基本押さえつつ、最新作の『片思い世界』まで追ってます。

宇野:なるほど、だから2010年以降がより“網羅的”に見える。

成馬:そうですね。第三章からが本番かなと思って書き始めました。あと裏事情を言うと、2000年代までの作品は、配信で見られるものを優先的に選んでいます。古い作品だと、ソフト化されていないものやビデオ化はされているけどDVD化はされていないものも多かったので、視聴が困難なものは、あまり深くは触れていません。

宇野:脚本家のフィルモグラフィーって、映画監督と違って“見られる/見られない”問題も強いですよね。主題歌の権利とか、事務所の都合とか、いろいろ絡む。

成馬:ですので、一章と二章は「後に繋がる作品」を、代表作として選んだという感じですね。実は今回はあまりテーマを固めずに書き始めて、デビュー作のヤングシナリオ大賞の頃から“1本ずつ順番に”書いていったんですよ。坂元裕二が連ドラで“一話から書きながら、途中で話が変わったり、思わぬ人物が出てきたり”する、あのライブ感を、本の中でも再現したかった。

宇野:夢中で書いているうちに批評対象のフォーマットに引っ張られていく。自分も心当たりがあります。

成馬:以前『テレビドラマクロニクル 1990→2020』(PLANETS)を書いた時も、宮藤官九郎脚本の大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』が放送されていた時期だったので、どんどん“クロニクル(年代記)っぽい書き方”になっていきました。だから批評のフォーマットが作品に引っ張られる傾向は強いと思います。

宇野:キャリアの長い映画監督で1冊書くと、たぶんまた違う“引っ張られ方”があるんでしょうね。そんな大変そうな本を書くなんて、考えたくもないけど(笑)。

成馬:ただ、順番に書いていくと、逆に自分の関心がどこにあるかが露骨に表れますね。読み返すと『花束みたいな恋をした』とか、映画に入ってからの章は「作品そのもの」より「どう語られたか」の話になりがちで、自分で読んでいて「愛情がない書き方だなぁ」と思う部分がある。作品がどう語られたかを全部回収し出すとキリがないし、「この本でやるべきことか?」と思って、あえて流したところもあります。

トレンディの再読と、フジテレビの因果

宇野:過去の坂元作品を観直して新たに気づいたことも多かったですか?

成馬:『同・級・生』や『東京ラブストーリー』といった初期の作品は今観ると面白かったですね。バブル末期の東京の空気に圧倒されます。テレビドラマは“賞味期限が切れるのが早い”んですよね。90年代のドラマを2000年に観ると古く感じる。でも20年経つと、映像に別の意味が生まれる。

宇野:ノスタルジー消費としても機能し始める。90年代前半の東京の空気を、箱や配信でまとめて観る体験って、半分“タイムマシン”ですからね。

成馬:最後章は「手紙」の話で締めたのですが、昔のドラマって過去から届いた手紙みたいなところがあるのかもしれないですね。

宇野:一方で、坂元裕二って“フジテレビの人”でもあるじゃないですか。10代でヤングシナリオ大賞でデビューして、『東京ラブストーリー』で国民的ヒットを飛ばして。2010年代に入るまでは、例外的に日本テレビでの『リモート』とTBSでの『猟奇的な彼女』はありましたけど、“ほぼフジの作家”だった。

成馬:そうですね。坂元さんも「とんねるずに会いたくてこの世界に入った」と語っていますし。80年代のフジテレビ文化の体現者として出てきた作家でもある。

宇野:だからこそ、成馬さんが「フジテレビ問題が過熱してた頃に書き始めた」って言ってたのが、妙に刺さるんですよ。かつて坂元と仕事していたプロデューサーの名前がいまは別の文脈で出てくる、みたいな。会社が“かつてのトップ”を訴える、みたいな話も含めて、あれはフジテレビが自社の過去をすべて否定する行為のようにも見えたんですよね。でも皮肉なことに、『問題のあるレストラン』(2015年)みたいな、ある種#MeTooの先取りをやってきたのもフジテレビでの作品だった。

成馬:あの終わり方、キャンセルカルチャーの先駆けっぽさもありますよね。当時は賛否もありましたし、『カルテット』や『花束』みたいな盛り上がりにはならなかった。だけど近年は「今の時代に起こっている問題を先駆けて描いていたドラマ」として引き合いに出されるケースが増えていますね。

坂元裕二の影響力

宇野:ただ僕は、2015年にリアルタイムで観て評価をしてた立場からすると、10年経ったいま、ああいう作品をフィクションとして無邪気に楽しめた時代が懐かしいという感覚もある。

 坂元がその後、“男性であることの原罪”みたいなテーマにも近づきながら、最近はそこから離れていく流れが、2010年代以降の中に見える気がするんです。自分はそういう風潮に反対の立場ですが、作家の当事者性が過度に問われるようになると、中年男性は最終的に作家自身に刃が向くことになる。坂元自身、流行作家であることを自認しているように、あの頃の“社会派”的な作品はその後にフォロワー的な作品が濫造されるようになった時点で、自分の役割は終わったという認識があったんだと思います。

成馬:坂元さんのドラマって先駆的で、『Mother』~『問題のあるレストラン』~『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』で坂元さんが確立した社会派ドラマのフォーマットが、今のドラマのスタンダードになっていると思うんですよ。実際、2025年のテレビドラマは、坂元裕二の影響を感じる作品がとても多くて。大石静の『しあわせな結婚』は松たか子主演で『カルテット』と『大豆田とわ子と三人の元夫』のセンスを自覚的に取り入れていたし、スクールロイヤーの弁護士を主人公にした『僕達はまだその星の校則を知らない』も、『私たちの教科書』の延長線にある作品だと言えますし『じゃあ、あんたが作ってみろよ』も『最高の離婚』のテーマを引き継いだ作品だと言える。視聴率という評価軸では『東京ラブストーリー』以外は大ヒット作とは言えないのですが、今の作り手に与えた影響はとても大きい。

宇野:世間的な評価でいうと、特に近年は坂元裕二の“山田太一化”が進行しているような気がしていて。山田太一のドラマって、テレビに出始めたばかりのウッチャンナンチャンがあの独特な会話の間合いをネタにするようなレベルで記号化してたんですよ。坂元も、あのアフォリズムを多用した会話をちょっと真似ただけで「坂元っぽい」って言われるような現象が起きてる。でもそれって、作者本人にとっては更新されないイメージで固定されてしまう不幸でもあるんですよ。2010年代前半の作品の“社会派”イメージが、その後映画で何作もヒットを出してるのに、10年以上経っても一部で更新されていないのも気になりますね。

坂元裕二は“映画の巨匠”になった

成馬:映画ジャーナリストの宇野さんから見て、映画における坂元裕二は、どのような存在ですか。

宇野:いま坂元の軸足は映画になりつつある。きっかけは『花束みたいな恋をした』で、インディペンデント寄りの座組であれだけのヒットを出したのも大きいし、さらに『怪物』でカンヌの脚本賞まで獲ってる。ヤングシナリオ大賞からカンヌまで行くって、テレビドラマ出身の脚本家にとって前例のない“達成”ですよね。

成馬:ただ、映画では、連ドラで培った方法論が使えなくなってる。昔みたいに「撮りながら書く」「反応を受けて方向を調整する」が、SNSの反応が無限にある環境と、働き方改革で“ギリギリまで撮る”が許されない環境で難しくなった。そのタイミングで、映画での大ヒットとカンヌでの受賞が重なったのは必然だと思います。

宇野:しかも坂元本人が、映画だと主人公設定より下の10代にまで届くという実感を『花束』で得た、みたいな話もしてる。テレビで20代の恋愛ドラマが成立しにくい時代に、映画でそこを成立させてしまった。

成馬:一方で2025年は『ファーストキス 1ST KISS』と『片思い世界』という二本の映画劇場公開されましたが、僕は『片思い世界』に関しては、厳しめに書きました。坂元裕二にとっては集大成と言える作品だそうですが、僕は坂元作品を、加害/被害や“他者”の側にどう向き合うかで見てきた。『片思い世界』でも、加害者に会いに行く展開が始まった瞬間に「すごいことが始まる」と思ったのに、対峙が回避される。逃げられた感じがした。

宇野:僕は、坂元に“政治的な正しさ”を求めること自体がズレてるとも思うんですよね。坂元って、問いは投げるけど答えを出すタイプじゃない。『問題のあるレストラン』ですらそう。だから「ここが正しくない!」だけで否定している言説に接すると、社会の病のように見える時もある。ここ数年ほんとに多いのが、“政治的な正しさ/正しくなさ”で作品を語った気になってる人。映画でもそういう傾向はあるけど、ドラマは批評のプレイヤーが限られているのとその歴史が浅い分、プロの言説においても評価軸がそこに収束しやすい気がします。

成馬:“政治的な正しさ/正しくなさ”だけで作品の評価が左右される傾向は強まっていますよね。ただ、僕が言いたいのは“政治的な正しさ”についてじゃなく、坂元裕二が過去に掘ってきたテーマに対して、今回は掘り切ってないんじゃないか、という話なんです。それはおそらく現実の反映であり、石井裕也監督の『月』のような、現実の犯罪を扱った映画を観ても、社会の犠牲者か得体の知れないモンスターかの両極の描き方しかできなくなっていて「犯罪者の内面を掘り下げる」という行為自体が忌避されているように感じます。『それでも、生きてゆく』が傑作となったのは、猟奇殺人犯の内面という難しい領域に踏み込こうとしたからで、“近づこうとしても近づくことができない限界”まで向き合おうとしたことに意味がある作品だったと思うんです。だからこそ『坂元裕二論』では、『それでも、生きてゆく』以降の作品で殺人犯という他者とどう描いてきたかを追ってきたのですが『片思い世界』では向き合うこと自体を放棄しているように見えて、批判的に書きました。

宇野:なるほど。犯罪者を単なる素材として使っちゃダメ、って感覚はわかります。

批評は“歴史”になっていく

宇野:ドラマ批評の話に戻すと、成馬さんっていまでも基本、プライムタイムのドラマは一通り見てるわけですよね? それに加えて今は配信限定もあるし、海外のテレビシリーズもあるし、もうキリがないですよね。

成馬:キリがないですね。流石に僕も毎クール全てのドラマを追いかけることはできなくなってますし。おそらく、僕がドラマ批評を続けられているのは、トレンディドラマ以降の歴史を書いてる感覚があるからだと思うんですよ。10年後、20年後に振り返ったときに「テレビドラマで何が起きてたか」を記録しておきたいというか。トレンディドラマの時代だって当時はボロクソに言われてたけど、長く続けば歴史になるし、そこから坂元裕二のような作家が出てきたわけで、そういったドラマ史を記録として残しておきたいという気持ちは常にあるのかもしれません。

宇野:ただ、いま海外のテレビシリーズも“ピークTV”の時代が終わって、長期シリーズが構造的に成り立ちにくくなって、リミテッドシリーズが主流になってきた。全体的にお金も回らなくなりつつある。それとはまったく違うレベルですが、フジテレビもドラマの予算を大幅削減すると報道されていましたし、日本の民放ドラマも相当厳しい時代に入ってますよね。

成馬:たしかに制約はどんどん厳しくなると思いますが新人脚本家にとってはチャンスだと思います。今のテレビドラマは2022年に新人脚本家だった生方美久が『silent』をヒットさせて以降、新人脚本家にオリジナルの連続ドラマを書かせようという機運が盛り上がっていて、坂元裕二や野島伸司がヤングシナリオ大賞から出てきて連続ドラマを書いていた時の状況が戻ってきている。やっぱりドラマは若い人が書くのが一番いいと思うんです。『東京ラブストーリー』が面白かったのも、登場人物と書き手の年齢が近かったからですし。近年は、坂元裕二の周辺からも、教え子や影響を受けた若手脚本家が多数デビューしている。社会派的ドラマの流れは『虎に翼』等の作品に影響を与えており、会話劇の楽しさは若い書き手が継承している。ですので、坂元裕二の“遺伝子”が枝分かれして広がってる感触はあります。

宇野:でもドラマの未来は明るいのかと言われると、正直わからないな。特に恋愛ドラマに関しては、恋愛リアリティショーに完全に食われている状況が続いている。そもそも5年後や10年後、民放テレビ局がどうなってるのか、って話にもなってきちゃいますが。

成馬:それでも、この1~2年はなんとか残るだろうし、新しい才能は増えてると思います。坂元さんがテレビドラマに戻ってくるかはわからないですけど、坂元裕二の影響は様々な形で残っていくのだと思います。ですので、ドラマが作られ続ける限りは、僕も書き続けたいです。

■イベント情報
『阿佐ヶ谷ドラマのま~2025年テレビドラマを振り返る&26年を占う~』
日時:1月20日(火)OPEN19:00 START19:30
会場:阿佐ヶ谷ロフトA

【会場チケット】
通常前売:¥2,500 当日:\2,800
(別途1オーダー必須(¥600以上))

【配信チケット】
視聴チケット¥2,000
アーカイブ購入期間:2/3(火)23:59まで
アーカイブ視聴期間:配信日以前に購入された方は2/3まで/配信日以降購入された方は購入日から2週間

出演:
成馬零一(ドラマ評論家『坂元裕二論 未来に生きる私たちへの手紙』)
西森路代(フリーライター『あらがうドラマ 「わたし」とつながる物語』)
明日菜子(ドラマウォッチャー)

【当日話題に上がりそうなドラマ】
『じゃあ、あんたが作ってみろよ』『ばけばけ』『続・続・最後から二番目の恋』『べらぼう』『ホットスポット』『僕達はまだその星の校則を知らない』『御上先生』『ひらやすみ』『いつか、無重力の宙で』…

■書籍情報
『坂元裕二論 未来に生きる私たちへの手紙』
著者:成馬零一
発売日:9月2日(火)
価格:2,750円(税込)
判型:ソフトカバー/四六判
頁数:240頁
ISBN:978-4-909852-61-8
出版社:株式会社blueprint
blueprint book store:https://blueprintbookstore.com/items/689054fb3ee3fdd97c2a8fe0

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