井上咲楽「“熟成”と“腐敗”は紙一重なんです」 発酵が教えてくれた、人生の豊かさと料理の楽しさ

井上咲楽、発酵が教えてくれた人生の豊かさ

 料理にマラソン、国会傍聴など多くの趣味を持ち、マルチに活躍するタレント・井上咲楽。10月31日には、自身2冊目となるレシピ本「井上咲楽の発酵、きょう何作る? 何食べる?」(株式会社オレンジページ)が発売された。

 本作は「発酵から料理に目覚めた」という彼女が考案した、リアルでゆるい発酵自炊レシピが50 点以上紹介され、さらに書き下ろしのエッセイも収録された読み応えのある1冊となっている。

 料理界からも注目を浴びる井上に、発酵食品との出会いや実は料理が好きではなかったという意外なエピソードまで、発酵食品と寄り添う生活について語ってもらった。

発酵食品はまるで生き物。実験をしている感覚

発酵のさまざまなエピソードを語ってくれた井上咲楽

――発酵食品に興味を持ったきっかけを教えてください

井上:実家で母がいろいろな発酵食品を作っていたので、物心ついたときから発酵食品は身近にあったんです。上京をしたタイミングで、母にぬか床をわけてもらい、ぬか漬けを始めたのですが、母の味とは少し違って。混ぜる人によって味が変わるのは、おもしろいなと思いました。

 あとは塩麹ですね。実家の台所に白くてモコモコしている瓶があって、「これ何?」と聞くと、「塩麹だよ。すごく簡単に作れるよ!」と母が教えてくれたのですが、本当に塩と麹と水を合わせて、毎日混ぜるだけなんです! 材料を合わせるとブクブクして、数日経つと見た目も変わってきて、料理というよりは、生き物観察をしている感覚になるんです。それがすごくおもしろくて興味を持ちましたね。

――料理はもともと好きだったんですか?

井上:それが実は全然好きじゃなかったんです(笑)。私は4人姉妹の長女で、母がいないときは妹たちの料理を任されることが多くて。午前中いっぱい使ってがんばって作った料理を、食べ盛りの妹たちがすごいスピードで、10分くらいでかき込んじゃうんですよ。それを見ると「私の午前中がなくなってしまった」と虚しい気持ちにもなって、料理があまり好きじゃなかったんです。

 上京してからも、特に好きで自炊をしていたわけではなく、節約も兼ねてやっていましたね。それが発酵食品を作って、それを使って料理をしてみたらすごく料理がおいしくなって。そこから料理が気になり始め、人に振る舞うようになって、どんどん料理が好きになっていった感じです。

――発酵食品が料理好きになるきっかけにもなっていたんですね!

井上:そうですね。発酵食品は、私の中では正直、料理というよりは生き物観察的な目線の方が大きくて。その発酵食品を使って何かを作ると料理になるという感じです。これ(発酵食品)を入れたら、おいしくなるなんてすごいなと、理科の実験をしているイメージなんです(笑)。

人生にも重なる“豊かさ”

発酵は理科の実験のようで面白いと語る

――本書の中の“発酵と腐敗は紙一重”という言葉が印象的でした。どうしてそう思われたのでしょうか?

井上:味噌などは、半年寝かせておいしくなるのですが、たまに表面がちょっと腐敗してしまうこともあって。でも、その下の部分はちゃんと生きているですね。そういう様子を見ていると、本当に「紙一重だな」と思ったんです。

――“人生にも重なる部分がある”ともありましたが、具体的な体験があれば教えてください。

井上:失敗したときや仕事がない期間などに、腐りそうな時期があって。そこで腐ってしまうのか、悔しさを糧にがんばれるのかというのは、発酵に通ずるところがあるなと思うんです。腐る方向に気持ちが進んじゃうことでも糧にできれば、それは発酵食品でいう“熟成”。失敗を糧に熟成していける人なんだなと思います。

――テレビや執筆など多忙な日々を過ごされている中で、発酵から得られることや感じることはありますか?

井上:そうですね。発酵食品を食べたからといって、翌日「すごく元気になりました!」というものではないと思うんです。でも、いろいろな場所に行ったり、忙しくする期間があっても、大きく体調を崩すことなく、元気に過ごせているのは、発酵のおかげかなと思いますね。

 よく発酵食品を食べたら、変化はありましたかと聞かれるのですが、母の影響で小さいころからずっと食べていることもあって、劇的に何かが変わったというのはないんです。

 発酵は本当にゆっくりゆっくり熟成が進んでいくし、その発酵食品を摂って体調面や美容面もゆっくりゆっくり整っていくのかなと思っています。そういう“ゆとりの豊かさ”を発酵食品からは感じています。

――タイパが良しとされがちな世の中で、ゆっくりを楽しむというのはステキですね。

井上:と言いつつ、手帳はマンスリーとウィークリーのふたつ持ちで、ウィークリーは1日のスケジュールを何時から何時はこれ、と全部組み立てる派なんですよ(笑)。この時間にこれを絶対入れ込みたいと、せっかちな性格なので、発酵に教わることが本当に多いんです。

■発酵食品作りはかわいくてしかたない!

――発酵食品を「かわいくてしかたない」とも表現されていました。発酵食品にはどんな癒しや発見がありますか?

井上:本当にモコモコする感じがかわいいなっていうところと、あと、一筋縄ではいかないところですね。「発酵食品を作って、失敗しました」というDMがよく来るんですけど、私も死ぬほど失敗をしていまして(笑)。

 腐らせたこともいっぱいあるし、マニュアル通りに作ったけれど全然できなかったことも結構あって。それもたぶん、人の目には見えないような、その空間の湿度や温度とか、その空間にいる菌とか、いろいろなものが影響してそうなっているんだなと思うと、発酵食品ってすごく気難しいなと思うときもあります。

 でも、日々混ぜるとか、様子を見るとか、気にかけるというところが、小さいときに感じたごはんを作ったのに速攻食べられてなくなってしまう淋しさみたいなものがないので、(発酵食品作りは)楽しいなと感じている要素のひとつだと思います。

――なるほど。たしかに作る過程も完成してからも楽しめるのはポイントが高いですね。

井上:そうなんです。作ったあとに様子を見られる食べ物ってあまりないじゃないですか。たとえば、オムライスも作ってから何日も置いて熟成させるってことないと思うので。それを何ヶ月もかけて様子を見ていくのが、育てている感じに近いんですよね。
子どものころから、たまごっちとか育成ゲームが好きだったので、その延長線上にあるような感覚で楽しんでいます。

――発酵食品を作っていると、ぬか床の交換をするなど交友関係も広がったりするのですか?

井上:そうですね、「私も発酵食品をやっています」と声を掛けられたり、私がハマっている発酵食品を見て、「ちょっとちょうだい」と言われたりはあります。その私がちょっとあげたものを友達が増やしていたりして(笑)。そこにレシピとは違う楽しみがあったりもしますね。

――最後に発酵は少しハードルが高いなと感じている人にも気軽にできる一歩があればぜひアドバイスをお願いします。

井上:本を読んでいただくと、「発酵食品はいろいろな料理に溶け込むんだな」というのがわかっていただけると思います。この本で、発酵食品はこういうふうに使ったらいいんだと理解してもらい、他のレシピを作るときに、ここに入れたらいいかなというのを感じていただけたらうれしいです。発酵を学んだわけでもなく、料理を勉強しているわけでもない私でも楽しめているので、みなさんも難しく考えず、気楽な気持ちで発酵食品生活をぜひ楽しんでみてください!

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