論文オタクの鈴木祐が伝授する「呪い」との付き合い方「現代は、インフルエンサーの適当なひと言がものすごい影響力を持っている」

「呪い」は無理に解こうとしなくていい
鈴木祐『社会は、静かにあなたを「呪う」ーー思考と感情を侵食する“見えない力”の正体』(小学館クリエイティブ)

 話題作を連発している鈴木祐の『社会は、静かにあなたを「呪う」 思考と感情を侵食する“見えない力”の正体』(小学館クリエイティブ)が発売された。鈴木は『最高の体調』『科学的な適職』などのベストセラーで知られるサイエンスジャーナリスト。

 今回の新刊はSNS上やネットなどで拡散され、無意識のうちに自身の思考、行動を縛り上げてしまう現代の思い込みを「呪い」とし、科学的な根拠をもとに分析していくスリリングな内容となっている。そこで著者の鈴木に、これまで手掛けなかった社会の問題に切り込んだ理由や、ベストセラーを連発する思考法のベースを聞いた。

インフルエンサー社会に潜む「呪い」

鈴木祐氏

ーー本書は健康やビジネスなど、これまで手掛けてきた著書とは一変した印象を受けました。本書を書こうと思った動機を教えてください。

鈴木祐(以下、鈴木):私はもともと自分から発信をするタイプではありません。本書の企画は、最近インフルエンサーのネガティブな発言が若者を巻き込んでいると、ふとした時に担当編集に話をしたところから、「呪い」という形でまとめて一冊の本にしましょうということで始まったんです。

ーー多くの人が呪いに巻き込まれているという感覚はいつぐらいからあったんですか。

鈴木:『無理ゲー社会』(橘玲、小学館新書)が話題になった2021年頃ぐらいからです。そのあたりから「日本は終わっている」といった発言が増えた気がします。私は科学畑の人間なので、まずは疑ってかかるのですが、実際に日本が終わっているのか統計などを調べてみたら、意外と終わっていなかったことがわかりました。

ーーそれは、本書のアイデアが出る以前ですか。

鈴木:そうです。興味があったので、時間をみつけて調べました。

ーー本書に限らず、鈴木さんの著書は膨大な科学論文や統計資料をベースに作られています。仕事とは関係なく、ふだんからさまざまなデータに当たっているのですか。

鈴木:論文を読むのは趣味ですから。論文オタクなんです。

ーー論文好きになったのはいつからですか。

鈴木:高校生からです。その頃、一般向けの科学書が好きでよく読んでいたのですが、あるとき巻末の参考文献に目が止まりました。これを掘ったらもっと面白いだろうと思い、高校の先生に頼んで大学から論文を取り寄せてもらったことが始まりです。当時はインターネットもまだなかったので、先生頼みでした。大学に入った頃にインターネットが出てきて、いろいろな論文にアクセスしやすくなりました。

ーー論文を読む習慣は、今も仕事に関係なく続けているんですか。

鈴木:はい。9割は退屈な時間なんですけど、ときどき本当にすごい論文に出会うことがあるんです。そういうとき、昔の知識とつながって「ああ、こういうことだったのか」と腑に落ちる瞬間があって、それが気持ちいいんですよね。あとは論文を大量に読んでいると、ひとつの筋というか、統一理論みたいなものが見えてきて、そういう時が一番楽しいです。

ーー興味のあるジャンルを教えてください。

鈴木:最初は認知心理学でしたが、それ以外にもいろいろ手を出していました。大学が慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスという、学生になんでもやらせてくれるところだったので、いろいろな研究室に遊びに行けたんです。そういう点では、論文オタクの自分にとって、いい環境でした。

旧石器時代の暮らしが教えてくれた、人間の本質

 大学卒業後、編集職に就いた鈴木祐は、激太りをきっかけにさまざまなダイエット法を試すなかで「パレオダイエット」に出会い、減量に成功した。旧石器時代の狩猟採集民の生活を手本に、人間本来の生理に基づいた食事や睡眠を実践するこのメソッドは、のちの著作にも通じる原点となった。

 やがて鈴木は進化心理学に惹かれていく。人間の心や行動が、600万年前に始まった進化の過程で形成されたとするこの学問は、「現代社会と人間の脳のあいだにはミスマッチがある」という視点を与えた。体の不調も、社会の分断も、突き詰めれば“脳の進化が追いついていない”ことに起因するのではないか――。

 彼の著書の多くは、この進化心理学の観点から構築されている。「最高の体調」も「不老長寿メソッド」も、そして今回の『不条理の呪いを解く』も、人間の脳が抱える“バグ”と、それをどう付き合うかというテーマで貫かれている。

鈴木:いろいろな研究室をまわるうちに、進化心理学に惹かれるようになったんです。これは文字通り、進化論をベースに人間の心理を考える学問で、「人間の心は600万年前に最初のヒトが誕生して以来の長い時間をかけて形成されてきた」という前提に立っています。だからこそ、人間の心理は現代の急激な変化にうまく適応しきれないのではないか、という考え方があるんです。人間の脳と現代社会にはそもそもミスマッチがあるから、体や心に様々な不調が生じるーーそうした視点に、非常に説得力を感じました。ちょうどそのころ、進化論を応用したパレオダイエットという考え方を知り、試してみるようになったんです。

ーーダイエットに成功したあとも、パレオ式の生活を続けていると聞きました。具体的にどういうことを実践しているのですか。

鈴木:本来なら、日の出とともに起きて日が沈んだら寝るのがいいんですが、それはなかなか難しいです。食事はなるべく加工されたものは避ける、睡眠はなるべく陽の光に従う、あとは細かい活動を増やしています。

ーー細かい活動とは。

鈴木:ちょっと歩く、階段を使う、といったことです。旧石器時代にジムはなかったけれど、狩猟採集民は日中に3万歩くらいは歩いていたわけです。だから私も仕事をするときはスタンディングデスクとステッパーを使い、歩きながらパソコン業務をこなしています。狩りをしている人が獲物を探しながら歩いているイメージです。

ーー本書の話に戻ります。文中で「原始時代から人の脳は変わらない」「脳のクセ」というワードがたびたび出てきます。これも進化心理学から出てきたものですか。

鈴木:そうです。人間の脳というのは、狩猟採集で暮らしていた原始時代のサバンナで、100人ほどの仲間と生きるように進化してきたシステムなんです。それが現代のように毎日のように新しい人に出会い、知らない人の意見を聞き、他人の生活を覗き見て、さらに食べ物にも困らないーーそんな環境になると当時の脳の仕組みとはあまりにかけ離れてしまう。だからこそ、心や行動に齟齬が生じるんです。私はこれを「脳のバグ」と呼んでいます。

ーーこの考えで見ると、現代に生きる個人のいろいろな問題、「呪い」も見えてくるということですか。

鈴木:現代は、インフルエンサーの適当なひと言がものすごい影響力を持っています。複雑な事象も単純化してスパッと言い切れば、この人は頭がいいなと思われます。定説と違うことを言えば、この人は反骨精神があって知性もある人なんだと思われる。この勘違いは原始から今に続く脳のバグなんです。

 たとえば、原始時代のような過酷な環境を生き抜くには、複雑な情報をいちいち吟味している余裕なんてなかったはずです。猛獣が現れるのはどの季節か、この木の実はどこで採れるのか――そうした経験則をできるだけ単純なかたちで覚え、次の行動に活かす必要があった。だから人が単純化された言葉に惹かれるのは、ある意味で自然なことなんです。ただ、その本能が現代社会で暴走してしまうと、物ごとを安易に決めつけたり、社会全体が極端な方向へ傾いたりする危うさもあります。

呪いは“解かない”ほうがいい

 本書で取り上げられた呪いは「この国は終わっている」「人は幸せになるために生きている」「もう成長はいらない」「情熱を持って仕事に取り組め」「人生は遺伝で決まる」の5つ。脳のバグによってかかってしまったこれらの呪いを、鈴木は膨大なデータをもとに、丹念に解きほぐしていく。

ーー本書で取り上げられた呪い以外に、現代の日本にはどんな呪いがあると思いますか。

鈴木:この5つの呪いの真逆も、また呪いとしてあると思います。たとえば「日本は最高で世界に冠たる国」「情熱を持たないでゆるく仕事をしよう」「遺伝ではなく努力で決まる」といったようなものです。

ーー逃げ場がないような感じがしますが、呪いにかからないためには、どうすればいいのでしょう。

鈴木:この本を出してから、「呪いを解くにはどうすればいいんですか」とよく聞かれるようになりました。私の答えは、「呪いは解けないから、無理に解こうとしなくていい」です。社会の中で生きていれば、誰かの影響は受けるのは当然のことですし、むしろ影響を受けたほうがいい場合もあります。だから、呪いそのものが悪いわけではありません。人は誰でも他者の考えに支えられて生きています。科学も先人の積み重ねの上に成り立っている。そう思うと、「呪いが完全に解けた状態」というのは、何もない空っぽの世界で、むしろ恐ろしいものに感じます。

 たとえばアルコール依存症の場合、無理に治そうと考えると、だいたい失敗します。今日は飲まなかったという日を積み重ねて、なんとなく飲まない日が続く。そのうち、またつい飲んでしまう日もあるけれど、そこで落ち込まずに、また飲まない日を重ねていくーー。その繰り返ししかないと思うんです。呪いもそれに近いところがあります。完全に解こうとするのではなく、呪われている自分を少し距離をとって見つめる。呪われている自分を客観的にモニタリングする。その積み重ねしかないんじゃないでしょうか。

ーー「呪いにかかったけど、まあ仕方ないな」くらいの気持ちで受けとめる、という感じでしょうか。

鈴木:そうですね。あとは、なにかに当たったときには、いつも両極端の意見を想像してみることが大事です。「日本はもう終わった」と聞いたら、「日本の未来は明るい」と考えてみる。ディベートのように、まずは反対側の立場にも立って、どちらの意見も言えるようにしておくんです。そもそも正解なんてないので、とりあえず右と左、両方の視点を知っておくことが大事だと思います。

ーーつまり、どちらかに決めてしまうのが良くない、ということでしょうか。

鈴木:そうです。科学の観点からいうと、「すぐにジャッジをしない」「とにかく観察に徹しろ」というのがあります。これは常に意識していて、自分の感情をまず横に置き、ぼんやりと観察するようにしています。ただ、それでも感情に引っ張られてしまうことはあります。そういうときは、「いま怒ってるな」と気づいて、その怒りのもとになった感情を観察する。そうやって、自分をモニタリングするんです。

ーーとはいえ、最終的に判断を下さなければならない場面もありますよね。そのときはどう決めますか。

鈴木:私はわりと直感的な人間なので、最初に「こうだろう」と思うことはあります。でも、いったんそれを棚上げしてから、あらためて検証します。最終的には蓋然性(がいぜんせい)、つまり確からしさで決めますね。物事に「これは70%正しい」「こっちは30%正しい」といった割合をふって、確率の高いほうを選ぶようにしています。

ーー科学的にとても理にかなった考え方ですね。そのうえで、本書を通して読者に伝えたかったことは何でしょうか。

鈴木:世界は、「良くもないけど、悪くもない」ということです。さきほど話したように、両極端の意見ばかりが目立ちますが、全体を見ればほとんどの人は穏やかなんです。SNSなどで大きく見える声は、実際には全体の0.5%くらい。たいていの人は真ん中寄りの意見を持っています。だから、世界はそんなに分断されていない。意外とみんな普通だよ、ということを伝えたかったんです。

ーー今回は5つの呪いを取り上げていますが、現代社会にはまだまだ多くの呪いがあると思います。たとえば恋愛にも、呪いのようなものがあるのでは?

鈴木:恋愛工学なんかは、まさに呪いの一種かもしれませんね。あえて嫌なことを言って相手の気を引こうとするような。

ーー次作のテーマとしていかがですか。

鈴木:恋愛については、思うところがけっこうあります。続編で取り上げるのも面白いかもしれませんね。

■書誌情報
『社会は、静かにあなたを「呪う」 思考と感情を侵食する“見えない力”の正体』
著者:鈴木祐
価格:1,980円
発売日:2025年8月26日
出版社:小学館クリエイティブ

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