アニメ放送がSNSで話題 今日マチ子『cocoon』が伝える沖縄戦の記憶……美しくもグロテスクな物語とは

今日マチ子『cocoon』が伝える沖縄戦の記憶

 8月25日、NHK総合でアニメ『cocoon~ある夏の少女たちより~』の地上波初放送が実施された。同作は戦後80年の節目にふさわしい“戦争の悲惨”を主題とした物語で、SNS上では多くの人が感想を呟いている。そこで本稿では、今日マチ子による原作漫画『cocoon』の内容を紹介していきたい。

 本作は、とある島に暮らす少女たちが過酷な戦争に巻き込まれていくという物語。架空の設定に基づいたフィクションということになっているものの、着想元は第二次世界大戦における沖縄戦のひめゆり学徒隊で、作品内には史実と関連するような描写が多く見られる。

 主人公のサンは島で一番の女子学校に通っている生徒。しかし物語が始まった時点で、島には戦災が降りかかっており、身近なところでは後輩が空襲のせいで大怪我を負っているのだった。

 それからすぐに戦況が悪化し、かろうじて続いていた学校生活も終了。彼女たちは学生としての日常を奪われ、看護隊としてガマ(洞窟)の中に造られた軍病院に配属される。そして壊死しかけた兵士の脚の切断を手伝ったり、空襲を搔い潜りながら軍の食事を取りに行ったりと、過酷な日々を強いられる。

 さらなる悲劇が始まるのは、軍から看護隊の解散を命じられた後だ。激しい空襲が続くなか、突如としてガマを追い出され、女子学生たちだけで戦地を放浪することになる。ここまでくると、当然ながらその日常は限りなく死に近づく。

 なお、こうした看護隊の道行きは、戦争末期における沖縄戦の趨勢とかなりの部分重なっている。突然の解散命令も史実通りで、ひめゆり学徒隊の死者のうち8割以上が6月18日の解散命令後に犠牲になったものとされている。

 とはいえ同作で戦争の悲惨を描くために作者が採用した手法は、リアリズムではない。“空想の繭”というテーマを導入することで、あえてフィクションとしての強度を高めているのが大きな特徴だ。

あまりに美しく、グロテスクな「想像の繭」

 サンは自分たちのことを繭によって外界と隔てられた蚕に重ね合わせ、戦場で壊れそうになる心を空想の糸によって守ろうとする。戦況の激化によって何度も現実と直面しそうになるが、親友のマユがそのたびに夢のように安全な繭の輪郭を取り戻させてくれるのだった。

 だが、いつまでも「想像の繭」に安住することはできず、やがてサンは外の世界に飛び出していくことになる。

 作中では明示されていないものの、おそらく繭とは現実から目を背けるために必要な“やさしい嘘”のことだろう。サンはそれにすがることで地獄のような戦場を生き抜くことができたが、逆に現実に抵抗せず翻弄されるままになってしまう罠でもあった。作中ではその両義性がはっきりと示されている。

 というのもサンは「お国の役に立つために一丸となって戦う」という幻想を信じて戦地に赴くが、極限状態でその欺瞞はあっさりと暴かれていく。そしてもう1つの幻想であるマユとの依存関係も、最後には破綻を迎えてしまう。ここで浮き彫りになっているのは、虚構と現実のグロテスクな共犯関係だ。

 戦後80年に差し掛かった今、ほとんどの人は当時の記憶を実体験として持っているわけではない。すなわち空想の繭に隔てられ、現実を見ることなく生きているサンの姿は、ある意味現代人に限りなく近いだろう。『cocoon』というフィクションが執筆された意義は、ここにこそ存在するのではないだろうか。

 なお作者は同作以外にも、戦禍・戦災を題材とした漫画を手掛けているが、いずれも虚構と現実というテーマに貫かれているように感じられる。たとえば長崎への原子爆弾投下から着想された『ぱらいそ』は、アトリエで絵画を学んでいる少女たちが主な登場人物。絵画という虚構の存在と、生々しい罪や戦争の暴力が対比的に描かれていた。

 絵本のように美しいタッチで、グロテスクな世界の真実が描かれる今日マチ子の戦争漫画。『cocoon~ある夏の少女たちより~』はNHK+にて9月1日24時46分まで見逃し配信が実施されているので、原作漫画と合わせて観賞し、少女たちの壮絶な運命を見届けてほしい。

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