【トップ対談連載】LINEマンガ・髙橋将峰×セルシス・成島啓 制作アプリ「CLIP STUDIO PAINT」が生み出すwebtoon躍進への期待

グラフィックコンテンツの制作アプリ『CLIP STUDIO PAINT(クリップスタジオペイント)』がいま、イラストレーターやマンガクリエイターから話題となっている。
もっとも、普段、マンガやイラスト、アニメなどの描き手なら「何をいまさら…」と思うだろう。なにせ『CLIP STUDIO PAINT』は、プロ・アマを問わず、グラフィックコンテンツの描き手の多くが愛用している、ディファクトスタンダードだからだ。

それでも2023年、多くの描き手をもざわつかせたニュースがあった。『CLIP STUDIO PAINT』を開発・提供するセルシスが、縦読みマンガwebtoon(ウェブトゥーン)の躍進を牽引する「LINEマンガ」の運営元LINE Digital Frontier社と資本業務提携を果たしたことだ。
両者の協業がいったい何を生み出すのか?「日本のマンガをさらにグローバルなカルチャーとすることにもつながる」と言われる理由とは何か。セルシス代表取締役社長の成島啓氏と、LINE Digital Frontier代表取締役社長CEO・髙橋将峰氏に話をうかがった。
LINE Digital Frontierとセルシス、組まない理由が見当たらなかった

――LINE Digital Frontier社はセルシスの筆頭株主となり、資本業務提携をされています。協業に至った経緯から教えてください。
成島:最初のきっかけは、『CLIP STUDIO PAINT』のサポート窓口にいただいた問い合わせメールだったんですよ。
髙橋:え、知らなかった。サポート窓口から、だったんですか?
成島:実は最初の最初は、そこからなんです(笑)。
「webtoonの作家さんの多くが『CLIP STUDIO PAINT(クリスタ)』を使って作品を描いているが、『もっとこんな機能が欲しい』『こんな使い方に対応できないか』といった要望がある。何とか対応してもらえないか。」
2020年頃、こんな問い合わせを髙橋さん率いるLINE Digital Frontier(LDF)の親会社でもあるWEBTOON Entertainment社から、メールでご要望をいただいたのです。そのメールを見て「世界一のwebtoonの会社からの問い合わせじゃないか!」とまず驚いた。そして「ぜひ何か一緒にできないか」と、今度は我々からアプローチさせてもらいました。こうして2021年に、WEBTOON Entertainment社と技術提携からスタート。さらに2023年から、日本のLINE Digital Frontier社から出資いただくという話が進み、資本業務提携にまで至ったのです。
髙橋:一方の我々LINE Digital Frontier社もLINEマンガを運営しているので、早くからwebtoon作家の大半が『CLIP STUDIO PAINT』を使っていることはもちろん把握していました。
ただ、マンガやイラスト、アニメといったグラフィックコンテンツと違い、当時は『CLIP STUDIO PAINT』にwebtoonの原稿フォーマットは正式には採用されていませんでした。スマホ画面の縦スクロールで読むwebtoonは、一枚の縦長の絵を描いてつくる特殊なスタイルです。コマ割りの横読みマンガとも、アニメとも作業手順が違ってきます。そのため、作家さんたちはそれぞれ工夫して、カスタマイズして作品を作らざるを得ませんでした。
そこで『CLIP STUDIO PAINT』に、さらにwebtoonが描きやすくなるよう、縦スクロールマンガに特化した専用の原稿フォーマットの対応や、機能を実装していただきたかったのです。
加えて、我々には「LINEマンガ インディーズ」というLINEのアカウントを持っている方なら誰でも自作のマンガを投稿できる新人発掘サイト的なオープンプラットフォームがあります。
『CLIP STUDIO PAINT』で制作したwebtoon作品は、この「LINEマンガ インディーズ」に投稿することができます。またクリエイター向けイベントなどを一緒に手掛けるなどして、より多くの才能がwebtoonを発表する機会を増やしていきたい、そんな思いも当初からありました。
――webtoon市場は、いままさに急成長しているところですが、優れた才能を多く発掘して、さらに永続的なものにしていく狙いがあるわけですね。

髙橋:そうですね。日本国内のデジタルコミックの売上の約10%がwebtoonだと言われています。すでに膨大な数の名作既刊本がある横読みマンガと違って、webtoonはここ数年生まれた新作ばかりにもかかわらず、この数字はものすごいことだと思います。
事実、我々のような企業のみならず、ここ数年、マンガに強い大手出版社が本腰を入れてきたところ。今こそ、才能の発掘により拍車をかけたいという狙いもあります。
成島:webtoonはまたグローバルに広い市場が約束されていますからね。我々としてはそこも魅力でした。
『CLIP STUDIO PAINT』を使っていただいているクリエイターの方々が、自分の作品をスピーディにグローバル市場で発表し、大きな成功をつかむ。そんな大きな夢が叶えられますからね。
『CLIP STUDIO PAINT』は現在、80%が海外のユーザーで、国内でもマンガ家の90%以上の方に活用いただいている、グラフィックコンテンツに関しては“No.1の道具”である自負があります。一方で、LINE Digital Frontier社含むWEBTOON Entertainmentグループは、webtoonに関して“No.1の配信プラットフォーム”。世界中のクリエイターと向き合う両社にとって、組まない理由が見当たりませんでしたね。
■日本以外の国に「作品の出口」を用意した
――『CLIP STUDIO PAINT』がwebtoonに対応するようになり、機能としては、何がどう変わったのでしょうか?
成島:まず大きいのは、先ほどあげたように「webtoon」の縦長の原稿フォーマットを最初の入口で、選べるようになったことですね。
『CLIP STUDIO PAINT』は「ひとつのツールでどんなジャンルのコンテンツでも描ける」ことを大きな特徴としています。そもそも描き手の方々は、いろんな表現方法に挑戦されます。
たいてい最初は一枚の「イラスト」から描きはじめますが、そこからストーリー性をもたせた「マンガ」を描き始める。さらにはイラストを動かす「アニメ」にも挑戦したくなる……といった具合です。
――原稿のフォーマットが用意されたことで、一枚のイラストから「今度はwebtoonを描いてみよう」と思う人が現れたり、「横読みマンガを描いていたけど、webtoonに挑戦してみようかな」と考える方も増えるわけですね。
髙橋:それを期待しています。またwebtoonに適した背景画像の素材なども数多く用意してもらいました。横長のコマが多い横読みマンガとは違う、スマホの縦スクロールに最初からフィットする背景や効果が数多くあるのは、作家さんにとっては相当に工数を減らせますから。
成島:そうしたwebtoonならではの機能としてwebtoonの縦長のキャンバス上で、コマの間に新しいコマを追加したり、不要となったコマをカットできる機能を追加しました。他のグラフィックツールではあまり求められない機能ですが、「縦スクロールさせる一枚絵」であるwebtoonでは、ストーリーの流れやリズムを創り出すうえで、大切な作業。早くから実装した機能のひとつですね。

またwebtoonは、ほとんどがスマートフォンで読まれると言われています。ですので、描いている時にリアルタイムでスマホと連携し、いま描いているシーンがスマホでどのように見えるかをプレビューできる「webtoonプレビュー機能」を搭載しています。webtoonは、スクロールした時に、いかにセリフや次のシーンが見えてくるか、といった演出が極めて大事なので、この機能は好評をいただいています。

――こうした機能は現場の作家の方々の声を聞いて、実装されてきたのでしょうか?
成島:そうですね。まだほとんど日本のwebtoon作家さんがいない頃だったので、韓国の作家の方々にヒアリングを重ねてつくりあげました。すでに『CLIP STUDIO PAINT』を各々でwebtoon制作用にカスタマイズして使っていて「そのままwebtoonの原稿フォーマットに採用しよう」となったものも多かった。クリエイターの方々の発想力には驚かされましたね。
また、webtoonのために加えたわけではないのですが、もともと『CLIP STUDIO PAINT』の機能としてあった、クラウドにアップしたマンガ作品を複数のユーザーがページごとに編集できる「チーム制作機能」による分業は、webtoon制作で最も使われています。韓国などではとくにスタジオ分業制が一般的なので、フィットしたようです。もっとも、個人の作家さんこそ、webtoon作品を発表しやすくなったことは大きいですよね。とくにグローバル、アメリカなどの欧米はこれからおもしろい作品が多く出るのではないでしょうか?
髙橋:そう思います。
――とくにアメリカからおもしろいwebtoon作品が出てきそうなワケは?

髙橋:まだまだマーケットに伸びしろがあるからです。今でこそアニメはアメリカでも多く観られるようになりましたが、マンガは日本と違って未だ一部の方に限定されていて、当たり前のエンタメになっていない。Netflixで映画やドラマを楽しんだり、Spotifyで音楽を聴くような裾野の広いコンテンツにはなっていませんからね。
成島:私たち日本人は、マンガを本当に身近なものとして、生活の中で当たり前のコンテンツとして楽しんできました。その結果、マンガを読むリテラシーが圧倒的に高いんですよね。しかし、アメリカなどはそこまでリテラシーが育ってない。マンガ表現は、知らないと読解するのが難しいところがありますからね。
ページの最後に黒いコマが入ったら「あ、これで時間が経過したんだな」とわかるとか。キャラクターのおでこに十字形の曲線が入っていたら「あ、この女の子はピキッと怒っているのだな」と理解するとか。マンガというカルチャーが根付いていないと、こうしたマンガ的表現や文法はやはり難しいですからね。
髙橋:長くマンガの市場がある日本は、だからこそ、「作品の出口」がたくさんあり、また開かれていますよね。マンガ出版社は数多くあり、編集部には多くの作品が持ち込まれます。そうした状況と相まって、日本人は、もう誰もがけっこうな画力でイラストやマンガを描けちゃいますよね。作家が生まれ、育つ土壌がしっかりある。もちろんアメリカにも、マーベルやDCコミックスなどのアメリカン・コミックはありますが、巨大なスタジオシステムで作品をつくっていて、作品の出口が限られているため「スター作家」という存在は生まれにくいですよね。
――webtoonがその状況を変える?
髙橋:はい。先に『CLIP STUDIO PAINT』で制作した作品はマンガ投稿サービスである「LINEマンガ インディーズ」に投稿できるという話がありましたよね。実は、海外版として「WEBTOON CANVAS」(※1)という英語圏のクリエイターがwebtoonを投稿できるサイトがあって、『CLIP STUDIO PAINT』で描いたwebtoonを同じように発表できるようになっています。もちろん、優秀な作品はプロへの道やアニメやドラマ化などのIP化もありえる。
そもそも縦にスクロールするだけで読めるwebtoonはまず従来のマンガよりも、欧米圏では一般的になりつつあります。加えて、『WEBTOON CANVAS』で作品の“出口”が用意されれば、たくさんの新しい才能が、この急成長する市場にすばらしい作品を発表してくれることになると予想されるからです。『ロア・オリンポス』(レイチェル・スマイス)はその代表です。『WEBTOON CANVAS』から生まれて大ヒットとなり、2022年から2024年にはコミック界のアカデミー賞ともいえる、アイズナー賞を3年連続で受賞しました。

成島:クリエイターの方々にとって、そうしたシンデレラ・ストーリーがあるのは大きなモチベーションになりますよね。例えば、HIKAKINさんが出てきたことで、「YouTuberになりたい!」という大勢の人たちが現れて、動画配信のマーケットが途端に活性化したように。アメリカからスター作家がでてきたら、webtoonも同じような熱を帯びるのではないでしょうか。
――日本からグローバルに出ていくwebtoon作家の方も今後、どんどん出てきますか?
髙橋:その挑戦こそを、私たちは強く後押ししていきたいところです。日本のクリエイターが本気でwebtoonを描いたら、間違いなく、世界で頂点を取れる。そう確信していますので。