松下洸平、初エッセイに綴った激動の3年半「マイナスの感情もそれだけでは終わらせたくない」
――ライブツアーやテレビドラマ、舞台などと並行して連載をされていましたが、当時の生活はいかがでしたか?
松下:やっぱり時間との戦いでした。毎月の連載だったので「今月はこんなことがあったよ」っていう日々の出来事の報告みたいなものから、最近感じていること、過去の思い出、家族の話など。テーマも、なるべく仕事のことばかりにならないようには気をつけていました。
――個人的には、タクシーの運転手さんのお話をメモしていた章が印象的だったんですが。最近も、日々のことをメモに残していらっしゃいますか?
松下:やっぱり連載していたからこそ、アンテナがずっと張っていたんだと思います。連載が終わった瞬間から何もしなくなっちゃって(笑)。それは『フキサチーフ』をやる前までの、日常に戻ったということでもあるんですが、連載が終わった後もいろんなことがあったし、いろんな思いを抱いたはずなのに……。だから連載もう1回やろうって誰かが言ってくれないと、多分流れるように日々がこのまま流れていくような気がしています。
――『フキサチーフ』の中でも「この話はまたどこかで」とあったので、ぜひまた連載していただきたいです。
松下:機会があれば、ぜひと思っています!
最終的には前を向いて「頑張ろう」って、読み手の方にも伝わってくれたら
――連載でエッセイを書いてみて、自分でも知らなかった顔に気づいたということはありましたか?
松下:いろんなことをやらせていただいていますが、基本的に何かモノを作って発信する仕事なので、そこには僕自身のパーソナルな思いみたいなのも多少乗っかるんです。ただ、ここまで赤裸々に今思ってること、感じてることを書くということはなかなかありませんでした。
きっと、それは文章だからできることなんだと知ることができました。顔が見えないからこそ書ける手紙みたいに、ここでしか書けない思いってのがあるんだなと。「辛い」とか「悲しい」とか「大変」とか、少々マイナスになってしまう感情も、ここだから書けたのだと思います。
でも僕は「辛い」とか「悲しい」だけで終わらせたくないっていうのは、常に思っていて。誰かの背中を押そうという思いで書いてるわけではないし、それが目的の本ではないんですけど、僕自身がなるべく悲しいことを悲しいままで終わらせたくない性格なので、どんな章でも、最終的には前を向いて「いろんなことあるけど頑張ろう」っていう感じが読み手の方にも伝わるといいなと書きながら思っていました。
――だから、各章の締めに、ちょっぴり笑えるような言葉が多いんですね。
松下:エッセイを書くことは、目まぐるしく過ぎていく日々の中で、自分が考えていることの整理整頓にもなったように思っています。なので、文章の落としどころとして「じゃあ、自分はこれからどうしたいんだろう」みたいな自分なりに今出せる答えを、起承転結の「結」として作っていった感じです。
そういう自分なりの答えって、考えるだけだとあんまり出てこないんです。文字にすることで「あ、自分って今こんなことを考えているんだな」って初めて気づけるというか。そういう意味でも、この連載は、とても大切でした。
――本の中には「僕はあまり言葉を知らない」という一文がありましたが、読んでいてとてもスッと入ってくる言葉ばかりだなと思いました。
松下:本当は難しい言葉を使いたいんです。カッコいいから(笑)。プロの作家さんたちみたいにいろんな言葉で素敵な表現をしたいなって。でも、そういう言葉を使うと担当編集者さんから敏感にチェックが入るんです。「バレた!」と思います(笑)。
――バレた!(笑)
松下:「コイツ、多分この難しい言葉使いたいだけだな」みたいな! だから、結局僕の中の引き出しから言葉を選ぶしかなかったんです。ただ、そこには37年間生きてきて、誰かから聞いた言葉や、誰かと話して感じた言葉が詰まっているはずなので。単純かもしれないけれど、とてもストレートな言葉たちになったんじゃないかなと思います。
――それこそ、お仕事を通じてもたくさんの作品に触れていらっしゃいますから、言葉の紡ぎ方が素敵だなと思う方はいらっしゃいませんか?
松下:僕は井上ひさしさんがとても好きです。井上さんの「むずかしいことをやさしく」で始まる座右の銘が有名ですが、そのモノの捉え方とか考え方に影響を受けているかもしれません。井上さんの作品もたくさん拝見していますが、戦前・戦中・戦後の話が多くて。そこに登場するみなさんが、貧しさとか苦しさを抱えながらも、健気に笑顔で生きようとしているところも魅力的です。
――なるほど。このエッセイが、とても身近に感じられるのは、そういった考え方がベースにあるからなんですね。では、36篇ある章のなかで、松下さんが特に思い入れのある章はありますか?
松下:連載のお話をいただいてから、家族の話はずっと書こうと思っていました。なので母が車を買い換えた話は割とすらすら書けました。「これが書きたい!」っていう思いが強ければ強いほど早く書けるし、イラストもすぐに描けます。それを読んだ母もとても喜んでくれましたし、その「ハイエース」っていう章は思い入れが強い章になりました。