「現役最強経済学者」ダロン・アセモグルは何が凄い? 安田洋祐・阪大教授に聞く、功績と伝説、ビギナー向けの推薦書

■アセモグルの著作でおすすめは?

──なるほど。正確かどうかがすぐにわからないのが、経済学の研究の特徴なんですね。では、アセモグルの著作をこれから読んでみたい、という読者に対しては、どの本がおすすめでしょうか?

ダロン・アセモグル (著), ジェイムズ・A・ロビンソン (著), 鬼澤 忍 (著) 『国家はなぜ衰退するのか 権力・繁栄・貧困の起源(上)』(早川書房)

安田:日本語に翻訳されているものはどれも読みやすくておすすめです。時系列で言えば、最初に翻訳されたのが『国家はなぜ衰退するのか:権力・繁栄・貧困の起源』(早川書房)という本なんですが、この本の内容は今回のノーベル賞受賞ともっともオーバーラップしていると思いますので、まずこちらをおすすめしたいです。文庫化されていて、上下巻合わせても2000円ほどで読めます。内容がとても充実している本ですね。

──他にも、経済学の知識がなくても読めるアセモグルの本はありますか?

ダロン アセモグル (著), ジェイムズ A ロビンソン (著), 櫻井 祐子 (翻訳) 『自由の命運  国家、社会、そして狭い回廊 上』(早川書房)

安田:今回の受賞理由とつながる研究をわかりやすく紹介しているものだと、『自由の命運 : 国家、社会、そして狭い回廊』(早川書房)という本もおすすめです。こちらも各界から絶賛されている名著です。あと、昨年日本語訳が出た『技術革新と不平等の1000年史』(早川書房)という本もあります。この本では、最新のAIなどが私たちの暮らしにどのような影響を与えるのかを検証しつつ、このまま野放図に技術開発が進むと、政治的影響力の強いエリート層にとって非常に有利な形で新技術が使われてしまうかもしれない、という警鐘を鳴らしています。新技術が我々の暮らしをどう変化させるのか、それによって生まれる格差はどう社会に影響を与えるのか、という点に関心のある人にはおすすめしたいです。

──いずれも、歴史書としても読めそうな内容ですね。

安田:その通りで、経済を軸にした歴史書としても読めます。一般向けにアセモグルが書く啓蒙書や入門書はとても読みやすくて、彼の説明のうまさが際立って感じられると思います。そのテクニックを活かして、経済学に関するストレートな入門書も書いていますね。

──それはどのような本なのでしょうか?

『アセモグル/レイブソン/リスト 入門経済学』(東洋経済新報社)

安田:こちらはアセモグルだけではなく、デヴィッド・レイブソンとジョン・リストという学者たちとの共著で、『アセモグル/レイブソン/リスト 入門経済学』(東洋経済新報社)というタイトルです。堅そうなタイトルですが、内容はとても読みやすい。最新の学術的発展にもきちんと触れつつ、現実的問題への応用もフォローしています。実例も豊富に盛り込まれていますので「経済学について知りたいけど、何か一冊いい本はないか」という人には強くおすすめしたいです。このシリーズでは『ミクロ経済学』『マクロ経済学』というタイトルの2冊も発売されていますが、とりあえず経済学のイロハを知りたいのなら『入門経済学』を読んでいただきたいです。

──経済は我々の生活からは切り離せませんし、自分も買って読んでみたくなりました。

安田:アセモグルの本は、扱っているトピックがダイナミックです。何千年という人類史において、収奪的な国家や制度がなぜ破綻して衰退し、包摂的な制度が経済発展や格差の減少に対して優れたシステムとして機能したのか。どれもナラティブだけでなく、データを用いて仮説の裏づけをきちんとしながら、精緻に著されているのです。

──そういった研究が評価されて、ノーベル賞受賞に至ったわけですね。

安田:そうですね。そこから示唆されるのは、近年存在感を増している権威主義的国家は搾取的・収奪的なシステムで動いており、いわばそのシステムは繁栄を約束しないということなんです。実際、人種的・生物学的に全く同じ民族が住んでいるはずの北朝鮮と韓国を比べてみれば、わかりやすいですよね。権威主義的な北朝鮮と、より包摂的な韓国とでは、GDPで見ると50倍近い差がついてしまっている。シンガポールや中国は「権威主義的ながら経済の舵取りをうまくやっている」という形でやってきましたが、それがどこまでサステナブルかはわかりません。さまざまな問題を多数抱えている現代の国際情勢がある以上、やはりアセモグルの研究は現在の世相を理解する上で重要なものだと思います。

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