「現役最強経済学者」ダロン・アセモグルは何が凄い? 安田洋祐・阪大教授に聞く、功績と伝説、ビギナー向けの推薦書

■最強すぎるアセモグル伝説

──たとえばどんな伝説でしょうか。

安田:私が知っていて、なおかつ裏が取れている話では、彼が腱鞘炎になった時のエピソードがあります。アセモグルは、あまりにも大量の論文を書くために、タイピングしすぎて腱鞘炎になってしまったそうなんです。アセモグルの奥様は研究者なので、タイプができないうちは自分が話したことを奥様にタイピングしてもらってまでも書いていたそうです。

──口述筆記! 色々と不自由そうですね。

安田:その通りで、論文を書くペースも少しは落ちるだろう……と周りからは思われていたのですが、なんと執筆のペースがむしろ上がった。これによって「実はアセモグルは口述筆記の方がハイペースで論文が作れる」ということがわかり、その後の論文発表ペースもさらに上がったんです。

──まるでマンガの世界(笑)。

安田:なので、最近では自分でタイプせず、話した内容を自動でテキスト化してくれる機能を使って、口述筆記で論文を書いていると本人が言っていました。論文も大量に書くし、それ以外に本も書いたりメールを打ったりで、普通の人に比べてタイプする量が尋常じゃなく多いので、口述筆記の方が負担が少ないようです。ただ、実際に口述筆記はやってみるとわかりますが、これはかなり難しい。口で喋りながら文章の最終形まできっちりイメージして考えるのは大変です。結局、テキスト化した後の修正で時間がかかってしまい、諦めてしまう人が多いと思うんですが、アセモグルは論文の完成形を最初からイメージして、その通りに話せるんでしょうね。

──もう、特殊能力としか思えないです。では、今回のノーベル賞受賞に関しては、そんなアセモグルのどのような点が評価されたのでしょうか?

安田:受賞理由はノーベル賞選考委員会もオープンにしていまして、一言で言えば「社会的な制度がどのように形成され、どのように経済的繁栄に影響を与えるかに関する研究を推進したこと」が理由となっています。

──それは具体的にはどのような研究でしょうか?

安田:社会制度には、民主主義体制だけではなく、独裁国家や権威主義的な体制もありますよね。そういった、人々の資産や権利を政治的権力を持っている独裁者や政党が搾取・収奪してしまうような政治体制の国と、基本的な権利を人々に認めて法律を整備し、権力者が好き勝手をやるのではなく法治国家として包摂的な制度を築き上げた国とでは、経済発展にどのような違いがあるかを大量の事例から分析した研究です。

──権威主義国家と民主主義国家の対立が深まる現在の国際情勢からすると、とても今日的なトピックですね。

安田:そうですね。ただ、アセモグルたちがこの研究を始めたのは、20年以上前からなんです。当時の彼らが「人口比ベースで見ると権威主義国家が拡大傾向にある」という現在の状況を念頭において研究を進めたわけではないのですが、結果的に非常に重要な問題を取り扱ったことになりました。こういった点は、ノーベル経済学賞の特徴でもあります。

──と、言いますと。

安田:たとえば自然科学関係の各賞は、最新の研究や業績に対して与えられることがあります。今回でいえば物理学賞と化学賞はAIに関する研究に対して与えられましたが、これは最近の先駆的な研究に対してノーベル賞が与えられた例だと思います。しかし、経済学賞に関しては、もっともらしさや有用性が明らかになるまで、自然科学系の研究よりも時間がかかることが多いんです。短くとも20年程度の「時の試練」に耐える必要があるので、ノーベル経済学賞は受賞者の年齢が高めです。平均年齢は70歳近いはずです。

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