「無限に宇宙があれば、似たような地球もあるはず」理論物理学者・野村泰紀氏に聞く、驚きの最新マルチバース論
空間と感じるものは量子力学の現象のひとつに過ぎない
――野村先生としてはその間にも研究を進めていて、今はもっと別の認識に到達しているということですよね?
野村:いまはマルチバースだけというより、量子力学的に「空間」について考える研究をしています。僕らが空間と感じるものは「量子もつれ」という量子力学の現象のひとつに過ぎないという理論があり、もともと宇宙論から出てきたものではないのですが、宇宙も同じように考えなければいけないのでは、ということを僕も含めていくつかのグループが研究しているんです。例えば、ホログラフィーで宇宙論的な空間、マルチバースの「泡」のひとつをどう描くかということだったり。
――現在の物理学というのは、一般の我々が思う以上に急速に発展していて、多くの優秀な研究者が集まってどんどん進んでいるという状況にあるといえるでしょうか。
野村:そうですね。例えば、20世紀初頭には、量子力学や相対性理論というものが出てきたりと、綺羅星のごとくスターが登場しました。アルベルト・アインシュタイン、ヴェルナー・ハイゼンベルクにエルヴィン・シュレーディンガー。日本の歴史でいうならば戦国時代で、そのようなときにはシステムもガラガラ変わるし、織田信長、武田信玄、上杉謙信のようにぞくぞくと偉人がでてきて、何をやっても新しい。太平の世の中になればみんな知っているのは徳川家康くらいですから、多くの名前が上がるというのはやっぱり物事が大きく進んでいるということなんです。
いまは20世紀初頭ほどではないかもしれないけど、少なくともいい時代であることは間違いないし、この時代にこの研究ができているというのは非常にラッキーですね。僕もそれなりに役割を果たせたかなというところもあり、自分にできる貢献ができればいいかなと考えています。
――エンターテインメントの世界でも、マルチバースの知見を取り入れた物語が多く作られるようになってきました。このように社会全体に影響が及んでいくことを野村先生はどうご覧になっていますか。
野村:単純にうれしいですね。創作が入るということにいろいろと文句をいうサイエンティストもいますが、それはそうに決まっているでしょう。例えば『スパイダーバース』のようなことが実際に起こるとみんなが誤解するとも思わないし、マルチバースの理論を参照したフィクションをきっかけに科学に興味を持ってくれる方も大勢いる。制作の人たちも話を聞いてくれたりするので、非常にありがたいことです。
――SF的な設定に現実の理論が反映されているという事実にワクワクします。一方で、同じく創作のモチーフになることで言えば、「過去」に行くことは不可能だと書かれていますね。
野村:それも今の理論によればという話ですし、「過去」というものをどう捉えるかによっても変わります。例えば「ちょっと元に戻す」だったらどうか。水が入った容器に赤いインクを垂らすと、徐々に拡散してピンク色になりますね。それが「時間が経つ」ということですが、散らばった赤の分子をものすごい精度で元に戻すことができれば、「過去に戻った」とすることができるかもしれない。本当の意味で自分の過去に戻り、行動を変えて未来を変える……ということは多分できないのですが、言葉の定義によっては実現できることはあるかもしれません。
事実上不可能ではあっても、「過去に違う行動をしていた」という世界に、記憶を含めてすべて変えることができれば「過去を変えた」ということになるのなら、原理的にはある程度できるということになる。
このように「過去は変えられるか」のような単純な問いというのは、実はけっこう難しいんです。細かく詰めていくと複雑になりすぎるので「変えられない」と言い切ってしまうんですが、全員の記憶とすべての映像、そこから出た光まで含めて変えたら「過去を変えた」と言っていいのか――というのは専門家でなくても考えられる問いですし、なかなか面白いテーマですね。
――今挙げてくださった例については、「過去が変わったと言える」と考える人が多いかもしれませんね。そうした思考実験というか、さまざまなモデルを考えるのも物理学者の仕事ということでしょうか。
野村:そうですね。ただ、物理学者は「理論」と「実験」に分かれるのですが、3分の2くらいは実験の方で、新しい物質を見つけるなど、地道に役に立つことをやっている人が多いです。理論屋のなかでも9割はもっと直接的に社会に役立つことを研究している人たちですし、僕らはざっくり「3分の1のうちの1割」くらいの変わったタイプですね。