鈴木亮平『下剋上球児』たちはなぜ一気に強くなれた? 原案書籍が著した「奇跡」と「努力」のリアル

『下剋上球児』が描く”高校生”の可能性

2年生 野球を身につける

  ちゃんと冬を越すと、体力的な不安が減っているはず。3年生と一緒に練習をこなすこともできるだろう。でも、技術的にはまだ3年生にかなわないことが多い。理由は経験の差にある。身体の力は近くても、やってきた量に違いがある。だけど、3年生みたいに最後の季節を過ごしているわけじゃない。のびのびとできる余裕が2年生にはある。その力で3年生を助けてみよう。「今年、甲子園に行ってやる!」というガムシャラさを出すのも、いろんな意味で緊張している3年生を助けることになる。

  でも、甲子園で優勝しない限り、どこかで負けて夏が終わる。そして、自分たちの代になる。今まで、心理的に頼っていた3年生はもういない。だからこそ、試合数が必要だとされる。白山高校の東監督は猛烈な数の練習試合を組んだ。試合の中では練習のように思い通りの動きを反復することはできないけど、状況への対応が磨ける。足りていない経験値がグッと上がるのだ。冬のトレーニングの対極にあるのが試合であり、その両輪でチームは強くなる。

  そして、2回目だけど、最後の冬が来る。テーマを持って技術と体力を養おう。本書『下剋上球児』にも、連続ティー、ロングティーといった練習メニューの表記が随所にある。

3年生 めざせ甲子園!

  春が近くなる。もう、自分たちの夏がすぐ近くに来ている。1年生が入ってくる。自分もそうだったように、わからないことだらけだから、教えてあげればいい。だけど、おちょくったり、「生意気だ」などと評価したりしている暇なんかない。自分たちが、どんなチームなのか、どうやって勝つのか、そんなことを形にしていく。監督やコーチ、先輩たちにたくさんのことを教えてもらった。それを自分たちの身体に入れ、自分たちとして、どう表現するのか? 

  そこでまとまったチームは強い。そして、2018年の白山高校はそこに至っていたのだろう。東監督が「選手が監督を超える」と表現している。チームとして自律していたのだ。本書に関するインタビューで、千葉ロッテマリーンズで活躍した里崎智也氏は話している。

 「白山高校が甲子園出場を果たした大会においては、実は下剋上じゃないように思っています。県内ベスト8くらいの実力はすでにあったように思います」

  エリートが集まるから強いのではない。チームとして自律してまとまるから強い。それが野球だ。3年生が野球に向き合っていると、すぐに夏が来る。入学してから2年半、いろんなことがあった。でも、これが最後の夏。グラウンドに出ると、青すぎる空に入道雲だ。コントラストが強すぎて、まぶしいだろう。

  でも、ここまで来たのだ。あとは重ねてきたものを吐き出せばいい。著者の菊地高弘氏は、こんなことも本書のインタビューで話している。

 「シード校が次々に負けたし、白山の天敵だった津商業が海星に負けたこともある。ただ、白山が強くなっていたのも事実です」

  同じように、自分たちも強くなってきたと思うはず。だったら、そこから先は野球の神様におまかせでいい。野球というスポーツは、勝ったり負けたり楽しめるようにつくられたもの。相対的に弱いから、必ず負けるわけでもない。

 だから、「プレイボール(ボールで遊べ)!」でスタートする。負けてもいい。そこに至るまでの過程こそが大事。その過程は踏んだのだから、あとはプレーするだけだ。

  どうだろう?  甲子園って、誰にでもありえる話に思えないだろうか。そんな物語が書籍版『下剋上球児』にはある。奇跡にはたくさんの努力と、野球の神様の計らいが少し絡む。もちろん、ここにあげたのは大まかなプロセスでしかない。実際はこんなシンプルな話ではすまないだろう。だから、現実にあった奇跡を感じたい人にこそ、この本を手にとってほしい。

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